あれから数週間が経ち、一晴の治療は無事に完了した。
それぞれ予定がない日は一緒に夕食を囲み、笑い合う日常が戻ってきたことに幸せを感じる毎日だ。仕事も以前よりは自信を持って取り組めている気がする。そんな日々を過ごすうちに、気がつけば年の瀬が迫っていた。
今年最後の診療日、暖も今日が仕事納めで一晴はバイトが休みなので、帰ったらちょっとしたごちそうを作ろうと計画していた。ところが診療後に急患が入り、帰宅したのは21時半頃。暖からは夕食を先に食べておくと連絡が来ていた。
残念な気持ちはあるけれど、ごちそうはまた明日にでも作ろう。あの患者さんを休み前に治療できてよかったよね、と自分の中で納得し、家のドアを開ける。玄関に一歩入ると、シチューのような匂いが鼻腔をくすぐった。きゅう、とお腹も音を立てる。自然と早足になってリビングへ向かうと、驚いたことに暖がソファに座り、一晴はキッチンでコンロの前に立っていた。
「おかえり。晃平」
「ただいま。なになに? 一晴が作ったの?」
「うん、シチュー。美味しかったよ」
コートを脱いで一晴の横に立ち、鍋を覗き込む。ふつふつと沸いている白いクリームから人参やじゃがいも、鶏肉が顔を出している。湯気と一緒にバターや牛乳の香りがたちのぼった。
「最高だ……」
「早く着替えておいでよ」
「爆速で着替えてくる」
部屋に駆け込むと、背後で「ガチで急いでるし」と一晴と暖が笑っているのが聞こえた。
急いで着替えと手洗いを済ませ、リビングに戻る。テーブルには俺の分のシチューとサラダ、ご飯、そしてあと2人分、小さな器に入ったシチューが並べられていた。
一晴と暖がテーブルに集まってくる。
「俺もまた食べたくなっちゃった」
「せっかくだから3人で食べよう。僕たちは夜食ってことで」
「おー! 食べよう」
3人で食べられるのは嬉しい。表情にも出ていたみたいで、「目キラッキラだな」と暖が笑った。
全員が椅子に座り、いただきますを言うと真っ先にスプーンを持つ。シチューを掬って口に運んだ。
「うま……」
「でしょ? 味付けはルーだけどね」
「一晴が作ったことに変わりないよ。このサラダも?」
「それは暖」
「僕も切っただけ」
「切るのも料理だよ。ありがと、ふたりとも」
一晴と暖が顔を見合わせ、そして破顔した。
「どういたしまして」
「こちらこそいつもありがとう」
シチューをさらにひとさじ掬っていると、「そうだ!」と一晴が声をあげた。
「この休みに出かけようって話してるやつ、そろそろどこ行くか決めようよ」
「そうだな、どうする?」
「俺どこでもいいな」
「晃平、それはなし」
「ちゃんと考えて」
考えていないわけじゃないけれど。行き先はどこでも楽しいに違いない。
笑い声とシチューの匂いに包まれながら、3人で過ごす休日に思いを馳せた。