歯髄に近い部分には覆髄剤を貼付してから仮封をした。痛みが出なければ2週間ほどでインレーセットまで完了するはずだ。
片付けを終えて待合室に戻ると、一晴と暖が楽しそうに話をしていた。
「一晴」
そばまで歩いていって、一晴の前に屈む。
「よく頑張ったね」
言ってから、昔のことが脳裏に浮かんだ。あの日、待合室で同じ言葉をかけたとき、一晴は涙をこぼして首を横に振っていた。
苦い記憶に、気持ちが落ち込みかける。今日はどうだっただろう。俺はあのときよりは一晴の支えになれたんだろうか。
「晃平」
一晴が立ち上がったので俺もつられて背筋を伸ばす。すると一晴は手を伸ばして俺に抱きついた。
「一晴?」
「ありがとう。……昔も、今も」
耳元で告げられた言葉は思いがけないものだった。どうしてそんなことを言ってもらえたのかわからず固まっていると、一晴は腕を解いて俺を正面から見る。
「あのとき、晃平が足撫でてくれたんだよね。治療が終わった後は、今日みたいに『よく頑張ったね』って言ってくれた」
「……俺は、何も」
「ううん、忘れててごめんね。晃平は昔から俺を助けてくれてたのに」
「助けられてないよ」
「助けられてるよ。俺、治療中に足撫でてもらって安心する夢をみて。だから今日も暖に頼んだんだけど……途中で思い出した。夢じゃなくて本当だったんだね」
俺は何もできなかったと、ずっと思っていた。後悔を抱えたまま、失敗ばかりだと思いながら歯科医師としてどうにか歩んできた。そうして年月が経ち、こんな形で報われるなんて思ってもみなかった。これが夢じゃないかと疑いそうになる。
「一晴、頬つねってくれない」
「急になに?」
「こんな嬉しいことあっていいのかなって……」
「大げさだなぁ」
一晴が笑いながら俺の頬をつねる。痛くなかったけれど確かに感覚はあった。
「本当みたいだ」
「そうだよ?」
「……ありがと」
一晴の肩に顔を埋める。んもう、と呆れたように言いながら一晴は俺の背中を撫でてくれた。