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 麻酔は落ち着いた様子で口を開けてくれた。
 でも、治療を再開しようとすると様子が変わった。排唾管を入れると、苦しくないか訊く前に一晴の目に涙が溜まっていく。
「……嫌かな。もうちょっと休憩してからにしよっか。ね」
 排唾管を出し、一晴の胸元をさする。少し気持ちが落ち着くのを待とうと思っていたけれど、逆に一晴はぽろぽろと涙をこぼし始めてしまった。
「一晴」
 ごめんと言いながら一晴は何度も涙を拭うけれど次々に涙は溢れていた。
「いろいろ思い出しちゃう?」
「……ん……わかってるよ、今の晃平が優しいってことは」
「ううん、いっぱい辛い思いさせてる」
「そんなことない。……ないのに……」
 一晴が声を詰まらせた。
 今日はもう治療は難しいだろうか。ここで中断して日を改めることも不可能ではない。でも、痛みは残るだろうし、中断の提案をすること自体が一晴を落ち込ませるかもしれない。
 どうするのが一晴にとって最善か、考え続けていたその時。
「大丈夫?」
 後ろから声がして暖が診療室に入ってきた。暖はまっすぐに普段は助手さんがいる位置に歩いてくる。
「泣いてるのが聞こえたから、心配になって」
 そう言いながら暖は一晴の顔を見下ろした。
「痛む?」
「少し……。でも、それよりも」
 一晴は何か言いかけたけれど、顔を歪めて唇を結んだ。
 暖が一晴のお腹の上にあった手をとる。すると一晴は瞳を揺らしながら暖を見上げた。
「……暖、頼みたいことがあるんだけど」
「なに?」
「手じゃなくて、足撫でてほしい」
「足?」
 暖は首をかしげながらも場所を移動して、一晴の脛のあたりに手を置く。それを見て俺は、昔初めて一晴の診療についたときの自分を思い出した。
「ここでいい?」
 暖が脛を軽く叩くと、なぜか一晴の表情が和らいだ。体からも少し力が抜けたように見える。
「そこがいい。手は動かさないように頑張るから」
 一晴が白い手でエプロンを掴む。
「晃平。今度はたぶん、できると思う」
 俺を見てくる一晴の目はまだ赤いけれど、涙は引いていた。
 どうして一晴が突然「足を撫でてほしい」と言ったのかはわからない。俺が昔したことと重なっているのはきっと偶然だ。暖が来てくれて甘えたくなったのかもしれない。でも理由がどうであれ、一晴の気持ちが少しでも楽になったのなら嬉しい。
「一晴も暖もありがと。俺も頑張るね」
 一晴が微笑む。頼んだよ、と暖の声も聞こえた。