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「治療が必要な歯は、4本です」
 診療室前面の壁に取り付けられたモニターにレントゲン写真を映し、先生が説明を始めた。
「右下の7番……この歯ですが」
 一番奥の歯を先生が指さす。
「ここが一番進行していて神経の治療が必要です」
 神経の治療? なにその怖そうな単語と思っていると、私の顔をちらりと見た先生が説明を加える。
「写真でいうと、この根っこの部分。この中に歯の神経が入っていますが、ここまで虫歯になっているので取り除く処置をします」
「神経を、取り除く……」
「はい」
「い、痛いですよね!?」
「その可能性はあります」
 いや絶対痛いって。
「本気ですか」
「はい? 冗談でこんなこと言いません。麻酔はするので頑張りましょう」
 麻酔しても痛いことがあると暗に言われているのがわかる。もしかして鹿野さんが言ってた「くっそ痛い治療」はこれかもしれない。
 私には無理なんじゃと不安が膨らんでいく。
「5番はまだ小さいので、削って詰める治療をします。そして左下ですが、ここもかなり大きそうです。状態によっては神経の治療が必要になるかもしれません」
「え……」
 無理だよ、そんなの。
 どれくらいの痛みかもわからない。でもわからないことも怖くて泣いてしまいそうだった。
 先生は私の顔を見たけど、説明をやめてはくれなかった。
「最後、右上は神経までは届いていません。右下の5番と同じ、削って詰める治療になります」
 呆然と見ていたレントゲン写真が消される。「森崎さん」と声をかけられ、先生のほうにゆっくり顔を向けた。
「多少時間はかかりますが、必ず治します。でも俺だけ頑張っても無理です。森崎さんも、ここに来てお口開けるのは頑張れますか」
 逃げたくなっているのがきっと伝わったのだと思った。そしてそう尋ねられてもまだ、頷けなかった。ただ俯いて答える。
「……わからないです」
 小さなため息が聞こえた。それが先生のものだとわかると余計に逃げたくなった。私が悪いのはわかる。でもこんな態度を取るなんて、やっぱりこの先生、なんだか——
「森崎ならできるよ」
 思わず顔を上げる。
 声は確かに先生だった。でも呼び捨てでタメ口で、先生じゃない誰かに言われたみたいだった。
 誰か——記憶を辿っていると、先生が人差し指でマスクを顎まで引き下げた。
「というか、やれ。絶対来いよ」
 すっと通った鼻梁と薄い唇、恐ろしくなるくらい真面目な顔つきには、確かに高校時代の面影があった。
「か、鹿野先輩!?」
「やっと気づいたか」
 先輩が表情を緩めた。