翌日。18時半をまわった頃、鹿野さんに声をかけられた。
「森崎さん、終わりそうですか?」
「う、うん。19時までには終わる予定」
「よかった。では、私はお先に失礼します」
「お疲れ様ー」
鹿野さんが帰っていく。オフィスの入口近くで渋江くんに「今日は森崎さんに何も頼まないでください」と言っていた。
鹿野さんを見ていると、高校時代の陸上部の先輩を思い出す。名字も同じ、鹿野先輩。もともとは長距離の強い選手だったけど、故障が続いて後半はマネージャー兼コーチのような役割を果たしてくれた。顧問より厳しくて頼りになったあの姿が鹿野さんと重なる。なんだか、思い出しただけで早く仕事しなきゃって気持ちになってきた。
鹿野さんと先輩効果で仕事は無事に片付き、私は予定通り19時にオフィスを出た。エレベーターに向かう前に、歯磨きをするためお手洗いへ。鞄から歯ブラシセットを出しながら、どんどん気分が重たくなっていった。
これから歯医者さんか……。ため息まで出てしまう。鏡に向かって口を開けて見ると、右下の一番奥の歯が溝に沿って黒くなっているのがはっきりわかる。
他の所から歯磨きを済ませて、最後に右下に歯ブラシを当てた。本当は磨きたくないけど、もしも汚れていたら歯医者さんで恥ずかしい。
「ったぁ……」
痛かったけれど我慢して何回か歯ブラシを動かし、うがいをする。水も沁みて、しばらくは頬の上から歯を押さえていた。
余裕があると思っていたけど、気がつけば予約の時間はもうすぐだ。歯磨きをした痛みが引かないまま私は歯医者さんへ急いだ。