寄り道をして食事をすることも考えたけれど、そんな気分にはなれずまっすぐ家に帰ってきてしまった。会社から家までいつもバスを使うところを歩いてみても30分ほど。相変わらず時間は余りに余っている。
着替えて、なんとなくキッチンに立って冷蔵庫を開けてみる。最近歯が痛かったせいでゼリーや飲み物くらいしか入っていない。春田先生にもらった白菜はまだ食べ終わっていなくて野菜室に入っているけれど、今からそれを使ってなにか作る気力はない。歯が治ったら、おばあちゃんがよく作ってくれたグラタンとかにしてもいいけれど。
そうだ、ホットミルクにしよう。温めすぎないようにすればそんなに歯に沁みないだろうし。牛乳を冷蔵庫から出してマグカップに注ぎ、レンジにかける。
温まるのを待ってから、砂糖は……ちょっとだけならいいかなとティースプーンに1杯だけ入れた。
リビングに戻ってソファに腰掛け、ホットミルクにゆっくり口をつける。飲みやすい温度になっていてよかった。念のためなるべく左下の歯に触らないように気をつけて飲んだ。
マグカップが空になって、スマホで時間を確認すると19時過ぎ。あと1時間くらいだ。歯磨きは行く前でいいか。
それから友達のメッセージに返信したりSNSをチェックしたりしたけれど、すぐに終わってしまった。部屋を見回す。カーペットが少し斜めになっているのをまっすぐにして、マグカップを洗って、明日出すゴミをまとめて……落ち着かなくて家の中をいろいろ動いてみてもまだ時間は余っていた。
ソファに戻ってきて軽くため息をつく。今日の歯医者さん、なにするんだっけ。春田先生は根っこの治療って言ってたような。そういえばどんなことをするのか全然聞いてない。根っこってことは奥のほうってこと? 昨日みたいに機械で削るのかな。
昨日、春田先生が真面目な顔で「頑張ろうね」と言っていたのを思い出す。頑張らなきゃいけないってことは、たぶん痛いってことだ。昨日より痛かったらどうしよう……。急に怖くなってきてソファの上で膝を抱える。きっと大丈夫、と自分に言い聞かせてみるけど全く効き目がない。
せめて治療の内容を聞いておけば、こんなに怖くなかったかもしれないのに。そう後悔しかけたところで、調べればいいんだと思い立った。
スマホで検索サイトを開いて、どう入力するか迷ったけれど春田先生が言っていたまま「根っこの治療」で検索してみた。すぐにたくさんの記事が出てくる。根管治療、歯内療法……そんな専門用語が並んでいる中でふとある言葉に目が吸い寄せられた。「神経の治療」?
どこかの歯医者さんのサイトっぽいそれをタップして、内容を目で追っていく。虫歯を放置していると必要になる治療らしい。症状や昨日春田先生が言っていたことから考えると俺の歯と同じ状態だ。今日する予定の「根っこの治療」もたぶんこれだ。それはわかった、けど。
「神経を取る……?」
意味がわからない。いや、わかるけど、現実にそんなことをするなんて、しかも自分がされるなんて考えたくもない。だって、神経って痛みを感じるところで、それを……使う器具の写真も載っているけれど、この針みたいな小さいドリルみたいな痛そうな器具で……?
思わずそのページを閉じた。
そんなはずない。いまどきそんな治療とかありえないし。昔の話だったのかも。もし最近の治療だとしても俺が今日されるのがそれって決まったわけじゃないし。頭の中で必死にいろんな可能性を並べてみるけれど、実際のところどうかなんて、もうわかっていた。
「いやだ……」
涙が浮かんできて、顔を膝に埋めた。