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 ピンポーン。
 日曜日の朝、インターホンの音で目が覚めた。
 (こんな朝早くからなんだよ……)
 目を擦りながらベッドを降りて玄関に向かう。通りがけにリビングの時計を確認すれば午前9時。たいして朝早くはなかった。
 ピンポーン、と僕を急かすように再びインターホンが鳴らされる。
「はいはい! どちらさまですかー」
 セールスかなぁ、と思いながらそっとドアを開けると、小さく開けた隙間に先の長い革靴がガッと入り込んできた。え、怖。最近のセールスってこんな強引なの? まるで借金の取り立て……あれ、でもこの高そうな靴、見覚えが……。寝ぼけている頭が覚醒しきる前に玄関のドアが外から思いっきり引かれ、大きく開け放たれた。
「春田先生、今月も?」
 腕組みをして僕を睨みつけたスーツ姿の男。その声と表情は美しく磨かれた鋭利な刃物を思わせる。
「えっと、おはようございます」
 美人が怒ると怖い、じゃなくて。この男がこうして僕の家に来る理由は一つしかない。今日何日だ。27日か。またやってしまった。
「家賃……ですよね」
「わかってるならいいよ。早く振り込んできて」
 彼の名前は小宮山聡司こみやまそうしくん。歳は32の僕と10は離れていないと思うけれどどう見ても20代。僕の住む「小宮山第二マンション」の若き大家さんだ。ここの家賃は毎月25日にゆうちょ銀行の口座に振り込むシステムなんだけれど、僕は振り込みを忘れがちだった。
「すみません。ただちょっと今起きたばっかりで……それに今日日曜日で郵便局開いてないかなぁ、みたい……な……」
 話している途中から小宮山くんの表情が一段と険しくなっていくのに気づいて僕の声は小さくなっていった。
「中央郵便局のATMは日曜でも開いてる。それか現金でもいいよ」
「現金を持ち歩かない主義でして」
「ふーん。ないから?」
 小宮山くんはどうやら僕の支払い能力に疑問を抱いている。先月も「あんた歯医者って言ってたけどほんとは売れない小説家か漫画家なんじゃないの、雰囲気的にも」と言われた。間違っても払えないということはない。僕は一応このマンションの裏手、大通り沿いにあるビルで歯科医院を開いており、ありがたいことに経営も軌道に乗ってきている。
「いや、お金持ってると落とすから」
「大丈夫それ? 普段の買い物はどうしてるの」
「最近は携帯があればなんとかなるし、カードも持ってる」
「そのうちスマホとカードも落とすと思うよ」
「……僕もそう思います」
「気をつけて」
 おお、小宮山くんが優しい! と感動していたら続きがあった。
「カード落として誰かに使い込まれて銀行の残高0になってほんとに家賃払ってもらえなくなったら困るから」
 さいですか。
「で、現金ないなら早く。郵便局へどうぞ」
 親指で階段のほう、もとい郵便局のある方角を指されているけれど小宮山くんの表情も相まってその指を地面に向けられているみたいな気分だった。
「……行ってきます」
「着替えはして行ったほうがいいと思う」
「……はい」
 思わず自分の全身を見下ろす。着古したスウェット姿。ゴミ捨てくらいは行ってもいいかもしれないけれど、たしかにこれで大通りに出て郵便局に行くのはやめたほうがいい。
「じゃあ。また後で確認するから」
 そう言って一歩下がった小宮山くんは僕とは対照的に皺ひとつないスーツ姿だ。一人暮らしみたいなのにいつもしっかりアイロンのかかった服を着ていて偉いなぁと僕はひそかに感心している。とても真似できない。
「小宮山くんはこれからお仕事?」
「そうだけど。でも今日は打ち合わせしたらすぐ帰ってくる」
「日曜なのに偉いね」
「休みの人が偉そうに」
 チッと舌打ちをしそうな勢いで言い捨てると小宮山くんは踵を返した。
「気をつけていってらっしゃい」
「すぐ帰ってくるからそれまでに郵便局行っておいて」
 僕を肩越しに振り返り、小宮山くんは念を押すように言って去っていった。まったくしっかりした大家さんだ。たぶん今の、ご近所に聞こえてたな。