(来てない……)
定時直前にメールをチェックして絶望した。この時間に急ぎの案件が入ってきて苛立つことも多いのに、今日に限ってなにも来ていない。先方からの返信を数日待っていて今朝催促した件もひとつあったけれど、それも来ていないようだった。
「お、小宮山暇つぶしか? 珍しく余裕そうだな」
後ろから声をかけられてはっと振り向く。
煙草を吸いに行っていたのか、少し前に席を外していた先輩が帰ってきたところだった。
「すみません。今、手が空いてて。なにか僕にできることありませんか」
先輩は隣のデスクに座り、んーそうだな、と脇に置いてある書類をぱらぱらとめくったけれど、すぐに手は止まった。
「俺も今日は順調だし。たまには帰ったらどうだ」
「え……」
「気にするなよ。先月残業多かっただろ。帰れるときは帰っとけ」
俺ももうすぐ帰るし、と先輩が笑う。ありがとうございますと言うしかなくて俺は帰り支度を始めた。
帰りたくないのは、この後、歯医者さんに行かないといけないからだ。昨日途中まで治療してもらっていて、今日は続きをしてもらうことになっている。歯は鈍痛が残っているけれど、昨日の処置ともらった薬のおかげか激しい痛みはなくなっていた。
春田先生との約束は最後の診療が終わった後、20時。もしかしたら仕事が遅くなって行けないかも、なんて淡い期待を抱いていたのに、こういう日に限って珍しく定時に帰れるなんて本当に皮肉だと思う。
あと2時間くらいあるのにどうやって過ごそう。