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 花北への引き継ぎも無事に終わり、約束の木曜日に俺は再び本条の勤務先を訪れた。いつものように15分ほど前に到着すると、駐車場に停まっていたのは本条の車ではなかった。無断駐車だろうか。それとも本条が車を替えたか、代車という可能性もある。ひとまず俺も車を停め、歯科医院の入口へと向かった。
 扉に手をかければ、ここはいつものようにすんなりと開く。なんだ、やっぱり本条はもう来てるのか。待合室を通り過ぎ、物音がした一番奥の診療室まで歩いていって中を覗く。
「おはよう、本……え?」
 術者用の椅子に腰掛けた後ろ姿。違う。本条じゃない。違和感から言葉が止まると、その歯科医がこちらを振り向いた。
「……馬渕?」
「おはよう内田。まあ入って」
 本条はどうしたのだろうか。そこはかとなく嫌な予感がしつつも言われるがまま診療室に足を踏み入れ、馬渕の前に立つ。
「そんな怖い顔しないでよ。座って?」
「本条はどうした? なにかあったのか」
「あー……ごめん。俺は嫌だって言ったんだけど」
「どういうことだよ」
 馬渕に詰め寄ると彼は困ったように眉尻を下げ、「怒らないでよ、内田」と前置きしてから話し始めた。
「本条に頼まれた。代わりに内田の治療してって」
「は?」
「詳しくは聞けなかったんだけど。自分には治療できないって言って、でも内田の歯は心配だから頼むって必死で断れなくてさ……なあ、あいつなにかあったの?」
 俺が訊きたい。治療できないって、どういうことだ? 少なくとも一昨日は仕事をしていたわけだし、俺の検診だって問題なくやってくれた。となると、昨日なにかあったか。
「まさか怪我して手が使えないとか、体調が悪いとか?」
「いや、俺も訊いたけど違うらしい」
「お前に連絡来たのっていつ?」
「一昨日の夜。10時とか11時とかそれくらいだったと思うけど」
 俺と今日の約束をしたのもそれくらいの時間だった。ということはそのときにはもう馬渕に頼むつもりだったのか。それなら恐らく物理的にできなくなったというわけじゃない。
 本条がなにを思って馬渕に俺の治療を頼んだのか。一昨日の顔面蒼白な本条を思い出す。検診をしてくれたときも様子がおかしかった。なんで自分のことでもないのにあんなに泣きそうだったのだろう。
「今日はやめとこうか」
 立ちつくしたまま、なにも言わない俺を気遣うように馬渕が穏やかに声をかける。
「本条、ちょっと前までここにいたよ」
「え……?」
「いろいろここの医院のこと説明してくれてさ。家に帰ってればそろそろ着く頃じゃない? 行ってみたら」
 行ったところで本条と話ができるのだろうか。俺には黙って馬渕に頼んだというのは、つまり俺には話したくないという意味じゃないのか。でも、本条とぶつかりもせずにここで勝手に臆測を立てて結論を出しているだけじゃ今までとなにも変わらない。もう後悔したくない。
「ごめん、馬渕」
 俺は診療室を飛び出した。