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「本条が仕事してるところ見るの初めてだよな。なんか不思議な感じだな」
 診療台の上で仰向けになって本条を見上げ、どうでもいいことを喋って気を紛らせようとする。心臓は煩く音を立てていた。最近怖くて自分では歯の状態を確認できていない。どこまで虫歯が進行しているのかとか、もしひどい状態なら治療はどうなるのかとか、不安と恐怖が膨らみ続けている。でも、なにより怖いのは本条の反応かもしれない。
「不思議か?」
 かろうじて言葉は返ってくるが、表情は硬い。やはり自分の治療のとき以上に様子がおかしい。
 怒っているのかもしれない、とようやく思い当たったのは頭上のライトが点いてからだった。喧嘩もしたことがなければ、本条が誰かに対して怒るのを見たこともない。だから判断がつかないのだが、静かに怒っている可能性はじゅうぶんにある。
「気になるのはどこだ」
「左上の、5か6」
 ミラーを持った本条に尋ねられ、かろうじて彼に聞こえるくらいの声で答える。いつも通り話したつもりだったのにまったく声量が足りなかった。
「わかった。開けて」
 小さく開けた口の端からひんやりとしたミラーが差し入れられる。
「もう少し」
 口の端を引っ張るでもなく、指で軽く下唇が押されたので言われた通りに口を開ける。控えめな手つきが本条らしいなと思う余裕はまだあった。
「エアーかけていいか」
 しばらく視診をした後にミラーを入れられたまま訊かれ、目で頷くとスリーウェイシリンジが引き寄せられる。
「ちょっと沁みると思う」
 体に力を入れて身構えているとシュウッと音がするのと同時に左上に痛みが走った。
「んぐ」
 口を閉じそうになったのはなんとか堪えたがつい声が出てしまい、顔が熱くなる。ミラーが抜かれたので口を閉じて本条の様子を窺うと、彼はこちらには目もくれず探針に手を伸ばしていた。今のとこ触るのか……? 不安になりながら彼の動きを目で追っていると、そのまま無言でミラーと探針が口元に近づいてくる。
「内田」
「わ、悪い」
 いや、怖えよ。口を開けろとも言わずミラーを俺の唇に触れさせ、無表情で見下ろしてくる本条はなんだか知らない奴みたいだった。正直、このあと感じるであろう痛みよりもそちらのほうが怖いくらいだ。
 慌てて口を開けばミラーと探針が左上に向けられ、直後、鋭い痛みを感じた。
「はっ……んぁ……」
 場所を変えて二度も三度も5番と6番の隣接面を掻かれ、しまいには齲窩に探針の先が入ったのがわかった。そうできるくらいの穴が空いていることへのショックと痛みで涙が滲みそうになる。
「……他の所も診ていいか」
 ようやく探針が出ていったかと思えば、俺の様子に気づいているのかいないのか、相変わらずなんの感情もこもらない声で本条が尋ねた。
 左上から始まって時計回りに口の中をミラーが動いていく。時折エアーがかけられたり探針がまた近づいてきたりしてその度に体に力が入ったが、その後は痛みを感じることはなかった。
 それにしても、本条はなにも言わない。まったく落ち着いてくれない俺の心臓の音が聞こえてしまうのではないかと思うほど静かな検診の時間はひどく長く感じられた。