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 次の予約を取ってから歯科医院を後にする。自動ドアの外へ出ると、エレベーターと階段があった。来たときの記憶がないのでこんな造りになっていたのかと思いながら階段を下り始めると、後ろからドアが開く音がした。
「丹野くん、これ持っていってください」
 俺を追いかけてきた今泉先生の手には黒い柄のビニール傘が握られていた。
「いいんですか」
「ええ、貸出用に何本か置いていますから。次また持ってきてください」
「ありがとうございます」
 傘を受け取って歩き出すと今泉先生もついてくる。
「今泉先生、俺を2階まで運ぶの重かったですよね」
「大丈夫ですよ。羽のように、とは言いませんがお姫様抱っこできる程度には軽かったです」
「えっ……」
 大の男をお姫様抱っこって。
 今泉先生は大真面目な顔で力こぶを作るようなポーズをする。
「力は強いんです。エレベーターも使いましたし」
 そこが気になったわけではない。たしかに雰囲気に似合わず力持ちだとは思ったが。
 1階に着き、駐車場へ出る。雨は静かに降り続いていた。寒さは来たときよりも和らいだように感じる。
「本当にありがとうございました」
「お大事に。……丹野くんも、ありがとう」
「俺なにもしてないですよ」
「僕の気持ちです。言わせてください」
 店で言うところの、ご利用ありがとうございましたみたいなものだろうか。でも病院で言われたのは初めてだ。
「よくわからないですけど……気持ちはいただいておきます」
「嬉しいです。気をつけて帰ってくださいね」
「はい。じゃあ、また」
 今泉先生に借りた傘をさし、外へ踏み出した。