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 それから間もなくアシストを務めてくれるDHさんが来て、治療を始めることになった。
「椅子倒します」
 診療台を倒しながら、問診票にもう一度目を走らせる。症状があるのは右下7番。冷たいものが沁みるとのことだ。
 あまり進行していないといいが、と思いつつライトをつけ、口元に合わせる。
「開けてください」
 指で唇に触れると、今泉先生は目を閉じてから口を開けた。開口量が大きくてありがたい。おかげで一番奥の歯でも容易に視認することができた。
 咬合面が少し色づいているようだ。乾燥させて見たいのでスリーウェイシリンジを取る。
「風かけますね。少し沁みるかもしれませんが……」
 今泉先生が小さく頷いた。右下7番に向かってエアーを吹きかける。一瞬だけ口が閉じかけ、今泉先生の眉間に皺が寄る。
「沁みましたね、すみません」
 でも今泉先生はすぐに元通り口を開けてくれた。咬合面はやはり中心付近が溝に沿って茶色くなっている。スリーウェイシリンジを置き、代わりに探針を手に取った。
「ちょっと触りますね」
 色が変わっている所に探針で触れ、動かすと、引っかかりを感じる。溝が深くなっているように見える箇所には探針の先が入り込んでいくような感じがある。
「……っ」
 今泉先生が辛そうに息を漏らしたので手を止めた。
「すみません、痛かったですよね」
「少し。でも大丈夫です、もっと診てもらっても」
「いや、俺ももう大丈夫です。ただこの歯、見た目より深いかもしれないです。レントゲン撮りましょう」
「はい」
「その前に全体も診させてくださいね」
 エアーを吹きかけながら検診していく。音がすると今泉先生の身体に力が入るのはさっき沁みてしまったからだろう。申し訳なく感じたが、右下7番以外にカリエスはなく、歯磨きも行き届いているようだ。
 レントゲンを撮った後、検診結果を今泉先生に伝えた。
「カリエスは右下7番だけですね。深いかもと言いましたが、歯髄までは距離がありそうです。範囲も広くないですし、削ってCRでいこうかなと思いますが、どうでしょうか」
「丹野先生にお任せします」
 わずかに芝居がかった口調で言われ、落ち着かない心地になる。
「先生呼びは勘弁してください……。何か提案とか質問とかは」
「いいえ。僕でも同じようにすると思います」
「よかった。じゃあ早速ですけど麻酔しますね」
 はい、と頷いた今泉先生の表情には緊張が滲み出ている。検診を始める前もそうだったが、緊張していても平気なふりをしてしまうのかもしれない。それか、倒れるまで疲労の自覚がなかったように自分の心身の状態に疎いのか。
 どちらにせよ歯だけではなく今泉先生の様子にも目を配ろう。麻酔の準備をしながらそんなことを考えていた。