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 家で夕食をとっている最中、横に置いたスマホからメッセージの通知が鳴った。表示されたアイコンを見て心臓が音を立てる。穂積だ。引っ越してから初めての連絡だった。
 箸を置いて確認すると、メッセージは立て続けに2件。
『久しぶり! 元気?』
『今度学会でそっち行くんだけど会わない?』
 一瞬、迷う。でも本当に一瞬だけだった。会いたい。
『元気だよ』
『いいね。いつ来るの?』
 返信はすぐにあった。日付は今度の木曜日と金曜日。金曜日に食事をしないかという提案だった。
 金曜日というと、今泉歯科の予約の日だ。もともと休みを取っていたので珍しく平日に予約していた。今泉歯科に寄った後で穂積と会うこともできるが、最後に慌ただしく今泉先生と別れたくはない。
 予約の時間を変えられないか相談してみよう。穂積には予定を確認してまた連絡すると送り、今泉先生の携帯に電話をかけた。
「丹野くん、どうしました」
 電話口の声は不安げだった。それを聞いて、医院の固定電話にかければよかったと申し訳なくなる。携帯は緊急用だ。電話がかかってくれば何かあったのかと今泉先生が思うのは当然だ。
「すみません、歯は大丈夫です。予約の変更をお願いしたくて」
「そうでしたか」
 今泉先生の安堵した顔が目に見えるようだった。
「予約は金曜日でしたよね。いつに変更しますか?」
「その日のもっと早い時間って空いてますか?」
「早い時間……ですね……」
 予約を確認したのだろう、少しの間の後に「すみません」と返事があった。
「金曜日は全て埋まってしまっています」
「じゃあ、土曜日はどうですか? 遅めの時間なら行けると思うんですけど」
「遅め……土曜日の診療時間の最終は18時ですが、間に合いますか」
「間に合うと思います」
「わかりました。では土曜日の、18時で。承りました」
「よろしくお願いします」
 じゃあ、と電話を切ろうとしたその間際。
「丹野くん」
 呼び止めた今泉先生の口調に、かすかな驚きを禁じえなかった。いつもの余裕ある話し方と違う気がしたからだ。
 でも、次の言葉は普段通りに戻っていた。
「次回で最後ですね」
「はい」
「……丹野くんはまた、なにもしてませんと言うかもしれませんが」
 ありがとう。初めて会った日と同じ言葉を今泉先生は口にした。あの日と全く同じように。
 思えば、初めから少しずつ違和感はあったのだ。俺が踏み込もうとしてこなかっただけで、今泉先生はミステリアスな面があった。
 今泉先生も踏み込ませまいとしているようだった。でも、違和感を与えるような物言いは他人に対して線を引きたいと心から望んでいるにしては迂闊すぎる。本当は踏み込んでほしいのではないか、なんて俺の妄想が過ぎるだろうか。
「なんでお礼言ってくれるのか、今度訊いてもいいですか」
 電話の向こうで息を呑むような気配を感じた。
「そうですね。……今度会ったら、お話ししましょう」
 思いのほかあっさり承諾してくれたことに拍子抜けしながら、今泉先生と挨拶を交わして電話を切った。
 スマホのカレンダーを開き、予定を修正する。それから穂積への返信を打ち始めた。