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「開けてください。ぐーっと引っ張りますよ」
 開かれた口に指を入れて、頬粘膜を強く引くが、力が入っていて引っ張りにくい。
 問診票によると麻酔も初めてとのことだった。緊張するのは当たり前だが、このままだと余計な痛みも感じてしまいそうなのでどうにか力を抜いてもらいたい。
「今泉さん、大丈夫。思ってるより痛くないと思います」
 今泉先生が申し訳なさそうに俺を見た。自分でも力が入っている自覚があるのだろう。このままだと麻酔が打ちにくいことも歯科医師だからわかってしまう。
 俺はもう一度「大丈夫です」と繰り返した。
「深呼吸して、楽にしましょう」
 今泉先生が目を閉じて何度か深呼吸をする。そのうち指に抵抗を感じなくなってきたのでシリンジを口元に近づけた。
「上手に力抜けてます。少しだけチクッとしますよ」
 今泉先生が息を吐くのと同じタイミングで針先を刺入した。口が閉じかけたり、表情が変わったりといった反応はない。
「痛かったり、気分が悪くなったりしてませんか? 何かあったら左手挙げてください」
 プランジャーを押しつつ少しずつ針先を深く入れていくが、手は挙がらない。うまく痛みを抑えられているようだ。
「もう少しで終わりますからね」
 声をかけ、さっと今泉先生に視線を向けると、いつの間にか先生は目を開けていた。痛みを感じている様子はなく、俺の声に目を細める。少し安心してくれたような表情に俺もほっとして口内に視線を戻した。