ハレーション - 6/14

 どうして皓大にあんな態度を取ってしまったのだろう。匡一は家に帰ってから何度も後悔した。
 皓大に会ったら謝ろう。翌日、そう決めて出勤した。匡一と皓大はスタッフの中でも出勤時間が早いほうで、スタッフルームでよく顔を合わせる。
 しかし、その朝スタッフルームのドアを開けても中には誰もいなかった。
(今日に限っていない……か……)
 残念に思いつつも拍子抜けしながら着替えを済ませ、外に出た。
「え」
「……おはよう」
 ちょうど皓大がそこに立っていた。すっかり気を抜いていた匡一はおはよう、とぎこちなく返す。
 早く謝らないと。皓大に会ったら伝えたいことは考えてきていた。その通り口を開こうとする。でも、思うように言葉が出てこなかった。
「あのさ、匡ちゃん——」
「先に準備しとくね」
 皓大が先に何か言おうとしたので、咄嗟にその横をすり抜け、診療室のほうへ向かう。どうして言えなかったのだろう。またすぐに後悔が押し寄せてきた。
 それ以降は皓大を避けることしかできなかった。
 皓大は何かにつけ匡一に話しかけようとしてきたが、気づかないふりをするか当たりさわりのない短い会話で終わらせた。診療こそいつも通り行っているものの、わずかに息が合わない状態が続いた。次第に周囲にも気づかれ、「坂梨先生と何かあったんですか」と聞かれる始末だった。
 そんな状態が続くこと1週間。歯の痛みも悪化していき、匡一は心身ともに疲弊していた。
 その日も、出勤するとスタッフルームには誰もいなかった。鎮痛剤を飲んできたが全く効いている感じがしない。着替えを終えると、その場にしゃがみこんでしまった。
「ふ……んぅ……」
 左頬を押さえ、ゆっくりと呼吸をする。
 情けない。早く治療するべきなのは分かっていたし、治療を受ける機会だってたくさんあったのに。
「おはようございま……匡一さん?」
 後ろから聞こえた梅村の声に慌てて匡一は立ち上がる。滲んでいた涙を拭い、振り返った。
「おはよう」
「……大丈夫? じゃない、よね」
「大丈夫だよ。ちょっと今日は調子悪いだけ」
「歯だろ?」
 匡一の表情が強ばった。
「早く坂梨先生に治療頼んだほうが」
「無理だよ」
「無理? 坂梨先生に頼みたくないの?」
 梅村が尋ねると、匡一の顔がくしゃりと歪んだ。そのまま首を横に振る。
「何があったんだよ。二人とも最近おかしいよね」
「……ごめんね。雰囲気悪くして」
「俺に謝らなくていいけど……心配は、してる」
「ごめん。でも俺の問題だから気にしないで」
「気にしないでって言われても——あ、ちょっと」
 匡一さん、と梅村が呼び止めるのも聞かず、匡一はスタッフルームを出て行く。
「俺は蚊帳の外ってことかよ……」
 梅村が悔しそうに呟いた。