「削るの終わったよ。お疲れ様」
ハンドピースとバキュームが口の外に出ていき、匡一は大きく息をついた。肘掛けを握りしめている両手にも、背中にもじっとり汗をかいていた。
「休憩しようか」
皓大が心配そうに匡一を見下ろす。
この後は抜髄だ。きっと休憩している間に恐怖心が強くなるだけだからと匡一は首を横に振った。
「……大丈夫。続けて」
「分かった。どうしても無理そうなときは手挙げて教えてね」
皓大がファイルを手に取り、匡一の顔をしっかりと押さえる。匡一が口を開けるとファイルが根管口に触れ、そのままグリグリと中へ進んできた。
「あっ、ん……ん、んぅ……」
細い根管の奥でファイルがねじられると匡一の顔が歪み、目に涙が浮かぶ。
「ごめんね。ちょっと痛いの我慢だよ」
皓大はファイルを引き抜くとすぐにまた新しいファイルを手にし、根管に差し入れた。
痛みに耐えながら匡一はふと考える。皓大もこの治療を受けたときこんな姿だったのだろうか。皓大と自分を比べるのはもうやめようと思ったはずなのに、すぐには思考を変えられない。
皓大だったらこれくらい我慢しそうだと思い、肘掛けを握りしめて大きな声をあげそうになるのをどうにか抑え込む。けれど声を抑えようとすると口が閉じていった。
「おっきく開けてね」
優しい声とともに皓大の指が頰の内側をそっと押す。
「っ、かはっ……ぁ……」
痛みを伴いながらゴリゴリと根管の中を擦られ、喉の奥から引き攣ったような声が漏れた。
「匡ちゃん? 声出していいし、泣いちゃっても大丈夫だよ」
そんな情けないことしたくない。それに、我慢しないと皓大にもきっと迷惑をかけてしまう。頭では分かっているのに、痛みと恐怖からあっという間に涙が溜まってしまった。
匡一が思わず目元に手を持っていきそうになると、皓大が手を止めた。
「っ、ごめ……」
「全然。謝ることないよ」
治療が中断され、緊張が緩むのと同時に溢れてしまった涙を手で拭った。
「匡ちゃん」
とん、と匡一の胸元に温かい手が置かれる。
「匡ちゃんが俺に負けてること一個だけあったわ」
「え……?」
「俺ね、この治療したときめっちゃうるさかったよ」
「嘘……」
「マジで。親父に聞いてくれてもいいよ。匡ちゃん俺みたいになりたいんだっけ? ならもっと騒がないと」
皓大は冗談半分のようだが、嘘を言っているようには見えない。
「無理して俺みたいになる必要はないけど、たぶん声出しちゃったほうが楽だよ」
「……ん」
「今ね、3本目の根っこ触ってるから。これで終わりだからね」
「うん」
「いけそう?」
匡一は頷き、息を震わせながらもゆっくりと口を開けた。
皓大がファイルを取り、匡一の顔を固定する。その手はしっかりと顔を押さえているが、指先がとんとんと優しく顎に触れた。
「力抜いてね」
ファイルが根管に入ってくる。痛みは今までと変わらない。でも、さっきまでの苦しさは軽くなった気がした。