ハレーション - 11/14

 チェアが倒れ、皓大が探針で齲窩に触れる。
「痛くない?」
「うん」
「じゃあ削ってくね」
 皓大がバキュームに手を伸ばしたのを見て匡一は尋ねた。
「バキューム持とうか」
「え、腕疲れるっしょ?」
「いいよ。なんかしてたほうが気が紛れそう」
「じゃあお願いしようかな。疲れたら教えてね?」
 匡一にバキュームを渡し、皓大がタービンとミラーを手に取る。
「開けてね」
 口を開け、バキュームを入れる。皓大の持つミラーが頬粘膜を押さえ、バーの先が歯に触れた。
 まだ痛みはないが、早々に痛くなるのだろうなと予想してしまうような違和感があった。いつも聞いている音も自分の口の中から響いてくると違って聞こえる。
「匡ちゃん、平気?」
「ん」
 内心不安だったがなるべく表に出さないよう返事をする。
 皓大がコントラに持ち替えて軟化象牙質の除去を始めると、不安は的中し、次第に沁みるような感覚が出てきた。
 皓大を困らせたくない。なるべく治療がしやすいように口の開け方やバキュームの位置に意識を集中しようとするが、だんだんと強くなっていく痛みに気を取られる。
「もう少し開けられる?」
 肘掛けを握る匡一の右手の甲に骨が浮く。先程までより大きく開けた口の中、大きなラウンドバーが齲窩に食い込むとバキュームを持つ手がびくりと跳ねた。
「麻酔足そうね」
 切削の痛みに比べれば注射針が刺さる痛みは些細なものだ。薬液が広がっていくのを感じながら、効いて、と匡一は心の中で祈る。
 バーを替えてから治療が再開されると、しばらくは麻酔が奏功していた。でもすぐにまた痛みが出始める。匡一の手が頻繁にぶれるようになると、皓大がミラーを置いてバキュームを持った。
「代わるよ、匡ちゃん。ありがとね」
 バキュームで頬と歯茎の間が広げられ、再びバーの先端が齲窩に押し付けられた。
「はっ……あ……」
「神経出てきたからね、頑張ろうね」
 時折閉じかける匡一の口をバキュームを持つ手で器用に開けさせ、皓大は切削を続けていった。