姫と騎士 - 4/5

 無理と言っていたわりに豊間は頑張っていたと思う。右下7番の咬合面からの齲蝕で、麻酔の効きも悪い状態だったが、固く目を瞑って眉間に皺を寄せながらも声を出したり大きく動いたりすることもなくスムーズに髄室開拡まで行うことができた。
 雪野も特に怒ることはなく、かといって優しいわけでもなかったがおとなしく治療を進めている。
 順調だなと思いながら一旦バキュームを豊間の口から抜いた。
「豊間、神経のお部屋触っていくよ」
 雪野がそう声をかけると、豊間が目を開ける。赤くなった目に涙がいっぱい溜まっていた。
「……ちょっと待って」
「はあ? 何言ってるの」
「痛いんだよ、ちょっと休憩してから」
「休憩したってこの後の痛さ変わらないよ」
「そうだけど」
「うだうだ言ってると優しくしないから」
「もうすでに優しくな」
「はい、あーん」
 雪野が豊間の口角に指を引っかける。うう、と声を漏らしながら豊間は小さく口を開けた。
 少しくらい待ってやればいいのに、と思いつつも僕はただのアシストなので雪野に合わせてバキュームを入れる。この後はどのみち痛いというのもその通りだし、仕方がない。
 根管内にリーマーが入っていくと、豊間の体が大きく揺れた。
「動かないで」
 そんな声出せたのか、と思ってしまうような雪野の低い声が放たれ、豊間の口元を押さえている手には力が入る。
「大平さん、こいつ押さえててください」
 口内から目を離さず、右手でリーマーをねじりながら雪野が指示を飛ばす。
「わかった。豊間、ちょっとごめんな」
 バキュームは持ったまま、左手で豊間の上腕を押さえる。本気で暴れられたら僕の腕なんて簡単にはね飛ばされそうだが、さすがに豊間も心得ているのかそんなことはしなかった。むしろ自由な肘から下を僕に向かって伸ばしているような。もしかして手を繋いでほしいのか?
 試しに上腕を押さえるのをやめて手を握ってみると、ぎゅっと握り返された。
 動作自体は結構かわいらしいなどと思ってしまったが、握力は全くかわいくない。大丈夫かこれ。僕の手破壊されたりしないよな?
 豊間は手を繋いだ後はじっと動かず耐えていたので治療は滞りなく済んだが、僕の手は治療が終わった後も少し痛かった。とはいえ翌日の診療に響くほどではなかったのでこれくらいは問題なしだ。