レントゲンを撮った後、自分でも歯の状態を確認しながら説明を受けた。治療が必要な虫歯は右上と、右下にも1本。今日は症状のある右上を治療してもらうことになった。
「麻酔して削って、白い詰め物をするって流れでやってくね」
「麻酔いるの」
「しといたほうがいいと思うけど、何か予定でもある?」
「予定はないけど」
麻酔は苦手だ。口の中に針が入ってくること、独特の痛みや違和感、どれも嫌だった。
「麻酔しないと絶対痛い?」
「絶対とは言えないけど……痛みが出そうな気がするんだよね。俺が治療受ける側だったら麻酔してもらう」
「試しに麻酔なしでやってみるって、あり?」
「依さんがいいなら。その代わり痛くなったらすぐ教えてね?」
「分かった」
椅子が倒れて、ライトがつく。夕椰さんがミラーと機械を手に取り、衛生士さんも別の機械を構えた。
「知ってるかもしれないけど、俺が持ってるのが虫歯になってる部分を取ってく道具ね。で、向こうはそれを吸う道具。どっちも結構大きな音がするよ」
「ん」
「開けてね」
口を開けると、ミラーで口の中を広げられ、音を立てながら機械が入ってくる。
「水が出るよ」
細かく説明をしてくれるのは、何されてるかよく分からないと前に話したからかもしれない。
ヒュイイイィーン……と音を立てて歯が削られていく。
「痛くないー?」
音がする向こうで、いつもより声を張って夕椰さんが尋ねる。
「痛かったらすぐ左手ね。あと5秒くらい続けるよ」
器具が口の中にたくさん入っていてちょっと苦しいけど、痛くはない。1、2……と心の中で数えて、ちょうど5で機械が口の外に出ていった。
「次ね、違う機械を使うんだけど、依さんはたくさん休憩したいタイプ? それとも一気にやってほしい?」
「んー……早く終わらせてほしいかも」
「了解。じゃあこのまま続けるね」
次の機械は、さっきよりも音が小さかった。音は小さいけど、ゴロゴロとしっかり振動が響いてくる。
そのうち、振動と一緒に痛みも出てきたような気がした。
「ん……」
しばらく我慢していたけど小さく声が漏れる。手を挙げる前に音が止まった。
「痛い?」
「ん、ちょっとだけ」
「もうしばらく削んないといけないのね。麻酔しよっか」
「麻酔かぁ……」
あと数秒ならこのまま我慢したほうがいいと思ったけど、夕椰さんが「しばらく」という言葉を使ったのは、もっと長くかかるからなんだろう。それでもためらってしまった。
「アレルギーとか、気分が悪くなったりは今までないんだよね?」
「う、うん」
夕椰さんがこちらに少し体を近づけて、目を覗き込んでくる。
「なーに? 注射こわい?」
「ちが……子どもじゃないし……」
からかわれたと思って唇を尖らせる。でも夕椰さんはふざけているわけじゃなさそうだった。
「子どもとか大人とか関係ないよ? 緊張とか恐怖心が強すぎると、本当に気分悪くなることもあるしね、無理したらだめ」
「そうなの?」
「うん。それにね、俺も注射嫌い」
「え?」
「嫌じゃん痛いの」
当然のように言って夕椰さんは顔を顰めた。
「……まあ、痛いのは嫌だけど」
「でしょ? 針刺すのもだし、お薬入ってきたなーっていうあの感じとか」
「分かる、けど。歯医者さんのほうが麻酔嫌って愚痴ってんのおかしくない?」
「いいじゃん。依さんなら分かってくれると思ってさぁ」
笑いながら夕椰さんは器具が置いてある台に視線を移し、なにかを手に取った。
「そんな依さんにおすすめなのがこちら」
見せられたのは塗り薬のようなチューブ。
「表面麻酔って言ってね、これ塗ると針を刺しても痛くないんだよ」
「ほんとに?」
「うん。よく効くよ? あとは俺の腕かな。そっちは心配ないっしょ?」
返事はしないで笑っていると、「反論はないみたいだね」と夕椰さんはチューブのふたを開け始めた。
「……自信過剰って言われない?」
「過剰だと思う?」
「麻酔してもらってから判断しようかな」
と言いつつ、あまり心配はしていない。自分もよくするから分かるけど、自信をあえて口に出すのは必ずしも自信過剰だからじゃない。相手に安心してもらう、自分も上手くやるんだと気持ちを引き締める、そんな効果だってある。
「望むところだよ」
夕椰さんは薬をつけた綿をピンセットでつまみ、口を開けるように促した。