それから1週間。まだ歯医者の予約はできていない。友達にもおすすめの歯医者を尋ねてみたけど、最近行っていないと言う人も多くて、これといった情報は手に入らなかった。
「うー……」
仕事の合間に水分補給をすると、今日も冷たい水が沁みた。早く行ったほうが絶対いい、という夕椰さんの言葉を思い出す。頬を軽く押さえながらお店に戻るとちょうど、カラン、とドアベルが鳴った。
「いらっしゃいま——」
思わず言葉が止まる。入口には1週間前に会ったばかりのお客様の姿があった。
「夕椰さん!?」
「あ、依さん。こんにちは」
予約は入っていなかったはずだ。なにかあったんだろうか。
いつもならすぐに近づいていくけど、今日は歯のことを考えたばかりだったせいで少し距離をとってしまった。
「先週シャンプー買い忘れてさ。近くまで来たから寄ってみたけど、在庫あるかな?」
「あっ、ああ……あるよ。いつものでいい?」
「うん」
会計スペースに行き、後ろに置いてある棚からシャンプーを取り出す。種類やサイズはこれで間違いなかったはずだ。
「すごいね、いつもどれ買うか覚えてるんだ」
「何回か同じの買ってくれてるからね、覚えるよ。今日はシャンプーだけでいい?」
「大丈夫」
支払いはこれで、とQRコードの映ったスマホが差し出された。支払いをしてもらい、シャンプーを紙袋に入れる。そんな少しの間、会話が途切れて焦った。歯医者さん来ないの?と聞かれそうな気がした。
「お待たせしました」
「ありがと」
差し出した紙袋を、夕椰さんが細い指で受け取る。よく着けているシルバーのピンキーリングは仕事中外すんだろうなと、今まで気にならなかったことが気になった。
「依さん?」
「え!? あ……」
弾かれたように紙袋から手を離すと夕椰さんが首を傾げた。
「顔色よくないけど、体調悪かったりする?」
「いや、大丈夫」
「ならいいけど。……歯も調子どう?」
さっき水が沁みた感覚はまだ残っている。
「大丈夫。ごめん、まだ連絡してなくて」
行く決心はできていないけど、心配してくれているのに失礼な反応はしたくない。とっさに謝ると、夕椰さんのほうがかえって申し訳なさそうな顔をした。
「ごめんね、急かすつもりで言ったんじゃないよ。予約するの勇気いるもんね。他にいい歯医者さんが見つかったかもしれないし」
「いや、他には見つかってなくて。でも仕事終わるの遅くてなかなか予約の電話できなくて」
そうだったんだ、と夕椰さんの表情が少し和らぐ。嫌な思いをさせずに話をかわせたと思った。でも、夕椰さんは手ごわかった。
「ネット予約もできるよ?」
「え……」
「名刺にURL載ってるから、よかったら見てみてね」
カラン、とまた音がして夕椰さんの後ろから別のお客様が入ってきた。助かったと思いながら「いらっしゃいませ」と声をかける。
「じゃあ俺はこれで。またね」
逃げられなくなってきた。
次に夕椰さんと会うのはきっと、ここじゃない。