高3の夏

「あっつ……」

 校門を一歩出ると早瀬がうんざりしたように言った。
 夏休み中の週末、俺たちは学校で行われた模試から帰るところだ。頭上からは真夏の日差し、足元のアスファルトからもじりじりと熱が這い上がってくる。
 シャツの一番上のボタンを外した早瀬は、水滴のついたミネラルウォーターのペットボトルを首筋に当てた。

「俺も学校出る前に飲み物買ってくりゃよかった」
「藤川はいいのって訊いたじゃん」
「失敗したわ。コンビニ寄っていいか」
「いいよ。行こ」

 ガードレールの外を車が次々に走り去っていく。コンビニは道路を挟んで向かい側。俺たちは少し先の歩道橋を目指した。

 早瀬は変わった。今年の春くらいだったか、歯が痛いのを我慢できなくなって歯医者に行ったと聞いた頃からだ。スポーツドリンクを飲んでいるのを見かけなくなり、好きだったメロンパンを昼食に食べることもなくなり、昼食後の歯磨きはやたら長くなった。
 それから、笑ったとき右上の歯に銀色が覗くようになった。
 そういう変化に気づくたびに、安堵と痛みがない交ぜになる。傷痕を見るような気持ちだった。

 コンビニでサイダーのペットボトルを掴む。早瀬が水しか飲まなくなっても俺はいつも好きなものを飲んでいる。あいつに合わせるとかえって気にするだろうから。
 いつの間にか隣から消えていた早瀬を探すと、アイスのコーナーにいるのを見つけた。

「買うのか?」

 ここで立ち止まっているのが珍しくてそう声をかけると、早瀬はどうしよっかな、と言いながらソーダ味のアイスバーに手を伸ばした。

「今月まだ甘いの食べてないし、いいかな」
「いいんじゃねえの」

 なんとなく足取り軽く、俺たちはレジに並んだ。

 近くの公園に行き、木陰のベンチに腰を下ろす。公園内のあちこちの木にいるんだろう、セミの声が俺たちを取り囲むように響いてくる。
 よく冷えたペットボトルのフタを回せば、プシュッと気の抜ける音がして周りの温度も少しだけ下がったような気がした。

「はー、うま」

 ごくごくと4分の1くらい一気に飲んで息をつくと、スカイブルーのアイスを咥えた早瀬が俺を見上げてふふ、と笑った。

「なんだよ」
「めちゃくちゃ美味しそうに飲むよね」

 しゃく、と早瀬がアイスを齧る。控えめなひとくち。
 横顔が歪まないか心配でつい見つめてしまうのはこの2年で染み付いたクセなので許してほしい。いや、むしろ謝ってほしい。
 穏やかな表情のまま、少し汗ばんだ皮膚の下で喉仏が上下したのを見てほっと胸を撫で下ろした。

「美味いか」
「ん」

 微かな音を立ててスカイブルーがまた少し口の中に消えていく。
 よかったな。願わくはもっと思い切り美味そうに食べてほしいけれど。
 心の中で呟いて俺はようやく横顔から目を離した。