普段のお仕事 - 8/8

「お疲れ様、一花ちゃん。頑張ったね」

 うがいを終えてエプロンが外されると、最初と同じように早瀬がすぐ隣まで来て笑いかける。そんな担当医に向かって一花はぺこりと頭を下げた。

「ありがとうございました」

 目元に滲んでいた涙はすっかり乾いていた。ずっと張り詰めていた気持ちが緩んだのが自分でも分かる。

「次なんだけど、1週間くらいで詰め物ができるから、受付で予約取って帰ってね」
「はい」
「じゃあ今日はこれでおしまいです。また次回ね」

 次回……ここなら、また来るのもそんなに怖くないかな。

「そういえば、今日は紹介で来てくれたんだよね。ご家族の方から?」
「はい、従兄弟です。たしか……ちょっとお名前忘れてしまったんですけど、ナントカザキ先生っていますか」

 早瀬が軽く目を見開いた。

「もしかして柊崎?」
「あ、そんなお名前でした! その先生に担当してもらってるそうです」
「そっか。柊崎先生かぁ」
「口数は少ないけど優しい先生って、従兄弟は言ってました」

 そう言った途端、早瀬が吹き出す。今日ずっと見てきた落ち着いた笑顔とは少し違う、なんだかいたずらっ子のような楽しそうな表情だった。

「それはなかなか、特徴を捉えてるよ。従兄弟さんによろしくね」
「はい、柊崎先生にもよろしくお伝えください」
「ん、伝えとく」

 もう一度「ありがとうございました」と言って一花は診察室を出て行こうとする。しかしその直前、あ、と呟いて一花は足を止めた。

「先生、コーンスープ、どこに売ってるんですか」

 片付けを始めようとしていた早瀬の手がぴたりと止まった。

「え? 一花ちゃん覚えてたの、あの話」
「覚えてます」
「えっとね、エレベーターの近くに休憩スペースがあるの分かる? そこの自販機」
「そっか……あとで見てみようかな」

 買うかは分からないけど一応チェックしてみようとエレベーターまでの道順を考えていると、早瀬が真面目な口調で付け足す。

「おすすめした俺が言うのもだけど、だらだら飲まないこと。あと飲んだらちゃんと歯磨きしてね?」
「ふふ……分かりました」

 歯医者さんぽくないけど、こういうことを言ってくるあたり、やっぱり歯医者さんなんだな。でも、言われてあまり嫌な感じはしない。先生もそうやって気をつけてるのかな、なんて。
 そんなことを考えながら一花は今度こそ診察室をあとにした。