「早瀬先生、問診票です」
「ありがと」
「レントゲンも先に撮ったので、確認お願いします」
「うん、分かった」
午後6時過ぎ。院内は仕事帰りの患者が増え始め忙しない空気が漂っていた。衛生士の須田からバインダーに挟んだ問診票を差し出された早瀬はそれを受け取り、レントゲン室横のパソコンの前に移動しながら内容にざっと目を走らせる。
都築一花、17歳。主訴は右下の一番奥の歯が痛い。
(高校生かぁ……)
問診票に並ぶ小さな丸い文字。朝に一日分の予約を確認したときも感じたが、社会人が患者層の中心を占めるこの歯科医院では少し珍しい患者だ。
受診のきっかけは「家族・知人の紹介」に丸がつけてあるので不思議ではないのだが、誰の関係者なのか、つい気になってしまった早瀬は須田に尋ねた。
「家族の紹介なのかな? なにか聞いてる?」
「いえ……そこまでは」
「そっか。じゃあそれも訊いてみようかな」
パソコンを操作しながらそんなことを言うと須田が苦笑する。
「先生、また話しすぎないように気をつけてくださいね」
「ごめんね? けどいつも時間通りには終わるでしょ」
須田に向かって軽く手を合わせるが彼女の表情は相変わらず渋い。
「ギリギリですけどね」
「そうかもしれないけどさ、全部無駄話ってわけじゃ……あ、ここね、右下7番」
画面に映し出されたレントゲン写真を見る限り右下7番の咬合面から広がった虫歯はだいぶ進行しているようだった。再び問診票に目を移せば、いつから症状が出ているかの記入はなし。歯医者は2年ぶり。痛む歯だけ治療したい。
なんだか親近感が湧く問診票だ。まさに高校生の頃、早瀬もこんな問診票を書いた覚えがある。注意されたばかりだが、そういうことならなおさら話はじっくり聞いたほうがよさそうだ。
「よし、じゃあ行きますか。診察室、2番でいいんだっけ」
「2番です。よろしくお願いします」
お願いします、と小さく頭を下げると早瀬は診察室に足を向けた。