それから一花が早瀬に声をかけるまで、それほど長い時間はかからなかった。
「これで最後かな。もう10秒かからないと思うよ」
そう声をかければ一花は不安げな表情で頷いてそっと目を閉じる。開口を促すとぐっと体に力が入りながらも小さく口が開かれた。
「もうちょっと開けられる?……うん、ありがと」
声をかけながら唇に軽く指を引っかけ、音を立て始めたタービンの先を歯に触れさせる。途端に「ん」と小さな声が漏れて一花の眉間に皺が寄った。
「ごめんね、もう終わるからね……」
感染象牙質は取り切れているし、窩洞も綺麗な形に整ってきた。
痛い治療はされるのもするのも好きではない。いつも終わりが見えてくると、患者と同じくらい、もしかしたらそれ以上に自分が安心している気がする。
今も早瀬はほっとしながらタービンを止め、最後にミラーで念入りに確認していくことにした。
「……うん。削るのはおしまいね」
確認する間、不安そうにこちらを窺っていた一花の体からすっと力が抜けたのが分かった。型取りをするべく早瀬は背後で作業をしている須田を振り向く。
「須田さん、印象の準備――あ、もうできてる。ありがと」
少し前に助手が診察室に入ってきた気配はあったが、その時持ってきてくれたのだろう印象材を含め、準備はしっかり整っている。
寒天印象材が入ったシリンジを受け取り、「型取りしていくね」と早瀬は一花に声をかけた。