相変わらず嫌な音と振動はあるけれど、やっと少し慣れてきたかも、と一花が思った頃だった。
(なんかちょっと……痛い……かも)
何回目かの10秒がちょうど終わり、タービンが口の中から出ていく。
「大丈夫? 痛くなったりしてない?」
「……大丈夫です」
「なら、いいんだけど。ちょっと深いところだから、もしかしたら痛みが出るかもしれなくて」
タービンの先を付け替えながら早瀬がそんなことを言うのでどきりと心臓が音を立てる。
やっぱりさっきの、痛かったのかも。そう思ったけれど、でも気のせいかもしれないと思うとなんだか口にしにくい。
そんなことをぐるぐると考えていると早瀬が穏やかに笑いかけてきた。
「でもね、もう半分以上終わったよ。10秒をあと2回くらいかな? もうちょっとだから頑張ろうね」
不安は残ったまま、早瀬の言葉に頷いて答える。治療はそれからすぐに再開された。
(あ、どうしよう……やっぱり痛い……!)
歯の奥のほう、痛みを感じる部分にタービンの先が近づいてくるのが分かる。
「……ん、んぅ」
「一花ちゃん、痛い? 頑張れる?」
頑張れない、と首を振りたい。左手を挙げようかと思ったけれど、そんなことをしたら迷惑かもしれない、と躊躇ってしまう。
そうしているうちに痛みはますます強くなっていった。
「ごめんね、もう少しだけあーん、できるかな」
「あっ、」
つい閉じかけた口の端を引っ張られ、ぶわりと恐怖心が膨れ上がる。手を握りしめ、爪先も丸めて耐えようとするけれど顔を背けたくてたまらない。
じわっと涙が滲み出したとき、ふいに機械の音が止まった。
「……ちょっと止めようか。椅子起こそうね」
なんで止めてくれたんだろう。手も挙げてないのに。
もしかして、ちゃんと口を開けてなかったから先生怒ってるのかもしれない。
診察台が起き上がり、一花が恐る恐る早瀬のほうを振り向くと、彼もじっとこちらを見ていた。マスクをしているせいで目しか見えず、どんな表情をしているのかは分からない。
「……ご、ごめんなさい。治療、止めてしまって」
続き、できます。そう言おうとしたけれど思うように言葉が出てこない。ぎゅっと唇を噛んで俯いた。
「いや、謝んないで」
さっきまでと何も変わらない調子の声に一花はゆっくり顔をあげた。
「痛いの辛いもんね。俺もよーく知ってる」
「……先生も、痛い治療したことあるんですね」
「うん。もうね、痛いし怖いしやめちゃいたいって何度思ったか分かんないよ」
「何度も……」
「そ。実は結構治してんの」
あっけらかんとそう言ったかと思えば、歯医者さんなのに恥ずかしいけどね、とすぐに付け足して早瀬が苦笑する。
「……私も、やめちゃいたいって、思います」
膝の上に置いた手を一花はぎゅっと握り込んだ。
「うん、分かる。でもね、やめちゃったらまた痛くなるからさ。あと少しだけ頑張って、もう痛くないようにして帰ろっか。ね?」
目線を合わせ、まっすぐ目を覗き込まれる。
「ゆっくりでいいよ。またできそうって思ったら教えてね」