再び診察台を倒して麻酔が効くのを待つ。
一花は相変わらず不安げではあるが、麻酔が痛みなく終わったせいか幾分表情は和らいで見えた。
「気分は変わりない?」
「はい」
「だいぶ痺れてきた感じ?」
「……そうみたい、です」
右頬に触れ、少し話しづらそうにしながら一花が答える。
「痺れてそうだね。もうね、俺の相手は適当でいいよ。喋るの大変でしょ?」
「ほんな……」
「あ、いいっていいって。ちょっと触ってみようかな」
ライトを点け、早瀬は探針を手に取った。
「開けてね。これで軽く引っかいてみるよ」
検診では痛みのあった右下7番を探針で引っかくが、一花に目立った反応はない。
「効いてそう?……うん、大丈夫ね」
一花が頷いたのを確認し、早瀬は探針をミラーに持ち替えてタービンに手を伸ばした。
ミラーとタービンを両手に構えて一花のほうに向き直ると、目が合いそうになったのをぱっと逸らされる。お腹の上で小さな手がぎゅう、と握り締められたのに気づいた。
「ねえ一花ちゃん」
一花が恐る恐るというように早瀬に視線を戻す。
「これから削ってくんだけど、一気にやるのと休憩しながらやるの、どっちがいい?」
「え……?」
迷うように一花の目が動く。
恐らくは遠慮して、なかなか答えられないでいる様子を感じ取った早瀬は小さく笑いながら言葉を付け足す。
「俺はね、治療されるときは休憩しながらが好きなの。でも一花ちゃんはどっちがいいか分かんないからさ。早く済ませてほしいってことなら、そうするよ」
「わ、わたしも、休憩しながらがいいです」
「そう? じゃあとりあえず15……いや10秒頑張ってみようか。できそう?」
「はい……たぶん」
「うん。じゃあ、大きく開けてね。ちょっと大きな音するよー」
一花が目を瞑りそっと口を開ける。
須田の持つバキュームを先に入れてもらい、タービンとミラーを右下に向ける。
フットペダルを踏み込むと、早瀬も仕事で聞き慣れているとはいえ好きにはなれない音が響き出した。
「っ!」
バーが歯に触れると、一花の肩がぴくんと跳ねた。
「痛くないよ。大丈夫だから、10秒数えよっか」
1、2……と声に出してゆっくり数えながら、視線は患歯に集中する。エナメル質を削っていくとすぐに手応えはなくなり、内部で虫歯が広がっているのが確認できた。
「……9、10。よし、一旦止めるね」
恐る恐る目を開けた一花に早瀬は笑いかけた。
「大丈夫でしょ? もう1回いける?」
痛みもないうちは多少押したほうがいいときもある。少し強引かなと思いつつ尋ねてみると一花はすぐに頷いた。
「ん。もし止めてほしくなったら途中でもいいから左手挙げてね」
また甲高い音が鳴り始めた。
その後も休憩を挟みながら削っていき、時折、一花の表情を確認する。一花が痛みを感じている様子はなく、段々と力が抜けていっているように思えた。