「どんな感じ?」
レントゲン室横のパソコンを二人で覗き込む。画面上には、撮ったばかりの早瀬の左上の歯の画像。前回ここを治療した歯科医が大袈裟に言ったか、二次カリが小さな範囲で収まってくれていることを期待したが、そうとは言えない様子だった。マウスを操作して画像を拡大してみる。
「やっぱだめだよ」
隣からぽつりとした呟きが聞こえた。
話に聞いていた通り、「深く削った」というのは間違いなさそうだ。白く写ったアンレーの下には恐らくセメントだろう少し色の違う部分、さらにその下にうっすらと黒い影が広がっており、特に近心は深そうに見える。ただ、確実に神経に達しているとも言い切れない。
「今の時点では神経は残す方向でいいだろうな」
「……写ってないだけかも。削ったら分かんないし」
「お前、他人の治療をするときもそんな投げやりな気持ちでやってるのか」
「そんなわけないじゃん!」
一瞬俺を睨みつけた早瀬だったが、すぐにまた俯いてしまった。
「……だって他人じゃなくて自分だし」
「俺にとっては他人だ」
「なんかその言い方もむかつくんだけど」
「じゃあどう言えというんだ。とにかく、戻るぞ」
表情の晴れない早瀬を連れて診察室に戻る。ユニットに腰掛けた彼にエプロンをつけ、準備をする間しばらく待つように伝えた。
とりあえずアンレーを外して中の状態を見よう。なるべく痛みがないよう先に麻酔をしておきたい。俺は浸潤麻酔を組み立てにかかった。
いつもなら空き時間があればすぐ喋り出す早瀬だが今日は一言も声を発しない。どちらかといえば沈黙は苦にならない俺もさすがに居心地が悪い。忘れていた申し訳なさが込み上げてきた。
「早瀬、俺を責めないのか」
「なんで?」
心底不思議そうな声。早瀬が首を傾げたのが横目に映り、俺は視線をそちらに向けた。
「俺がもう少し早く気づいていたら……前回の検診でデンタルでも撮っていれば気づけたかもしれない」
「んー……でも俺も次回でいいよって言ったし。それに撮ったところで分かんなかったかもしれないし」
「そうかもしれないが」
でもやっぱり、気づけたかもしれない。後悔が消えず言い澱む俺に早瀬はきっぱりとした口調で言った。
「あのね、柊崎。二次カリなんてもとはと言えば最初に虫歯作った俺のせいなんだから、なんも気にすることないよ?」
「でも」
「ここもさあ、俺よく覚えてんの。痛いのにずっと歯医者行かないで放っておいて、歯欠けて」
早瀬が指先で左頬に触れ、自分に対してなんだろう、呆れたように笑った。
「ほんと、馬鹿だよね。あの頃もう少し気をつけてたら今頃こんな思いしなくて済んだのかな」
今は気をつけてるだろ、とか、これから気をつければいいだろ、とか言えばいいのだろうか。でもそんな言葉を彼は望んでいないような気がした。それに、気をつけきれていない俺が言うのもどうかと思う。言葉が見つからない俺は手の中にあるシリンジに目を落とすしかなかった。
「……麻酔、するか」
「ん」
ユニットを倒し、無影灯を点けると早瀬が眩しそうに目を細める。
「開けて」
表面麻酔をしてから、ゆっくりと注射針を打ち込んでいく。痛いのが嫌いとは再三聞いているし、俺もできる限り痛みを与えたくない。時折早瀬の様子を確認したが、表情が大きく歪むことはなかった。