診察室に戻ると、早瀬はまだ背もたれに寄りかかって目を閉じていた。あまり眠れなかったと言っていた昨日に限らず、ここ1週間ほど気持ちが張り詰めていたに違いない。
しかし物音で俺に気づいたのか、もぞもぞと動いたと思うと眠そうな目で「おかえり」とこちらを見上げてきた。
その後の処置はそこまで痛みもなかったようで、早瀬はだいぶ緊張が解けた様子で口を開けていた。貼薬と仮封を済ませ、ユニットを起こす。うがいを終えた早瀬のエプロンを外してやると、彼は妙にかしこまった様子で俺のほうに体を向けた。
「柊崎、ありがとう」
「なんだ突然」
「えっと……いろいろ」
「俺は定期検診で二次カリが見つかった患者の治療をしただけなんだが」
こんなふうに礼を言われるとは予想もしなかったので多少の照れ隠しもあったが、何か特別なことをしたとは本当に思っていない。
「それより、礼はまだ早いんじゃないか。可能性は低いと思うが、もし痛みが出たらすぐに言ってくれ」
「……うん。そうする」
「俺はお前のことがいまだによく分からないからな。はっきり言ってもらわないと気づかない」
「知ってる」
「それなら頼んだ。もう隠したりするな」
言いながらこれは失言だと気づいた。まるっきり自分に返ってくる台詞だ。
俺の場合隠すまでもなくバレていたので状況は少し違うが、何ヶ月も虫歯を放置していた俺が1週間隠していただけの早瀬に言えたことではない。
「分かった、けど。それは……柊崎にも言いたいかな。隠したり逃げたりしないでよね」
やはりそう来たか。しかしこれでこそ早瀬らしい。いつもよりはだいぶ控えめながらもやっと予想通りの反応があったことに俺は思わず笑ってしまった。