それから、どれくらい痛みに耐えたのかよく覚えていない。
声をあげる力もなくなった頃、気が付けばユニットが起き上がっていた。
終わったのか……。
ああ、早瀬に、お礼……言わないと。
そう思って後ろを振り向くと目眩がして、俺は目を閉じた。
「大丈夫?」
俺の顔を覗き込んでいる気配がして、そっと目を開ける。
「ひどい顔」
早瀬の親指が、俺の頬に残った涙を拭った。
「早瀬」
「んー?」
そう言って首を傾げた早瀬はすっかりいつも通りの様子で、涼しげな目元に柔らかな笑みを浮かべていた。
「……悪かった。予約、キャンセルして。挙句にこんな夜中に呼び出して……」
「ほんとだよ」
「……ありがとう」
「どういたしまして。迷惑な歯医者さん」
ぴしりと額を指で弾かれる。
「いって」
「まあでも、俺はそんな柊崎先生にこれからも診てもらうつもりなんだけど」
額を押さえながら、俺は驚いて早瀬の顔を見上げた。
こいつはまだ俺のことを歯科医と認めてるのか。友人としてすら、もう愛想をつかされて関わりもなくなるんじゃないかと思っていたのに。
「柊崎はどうする? とりあえずここが完治するまでは面倒見るけど」
左頬が軽く指で押され、すぐに離される。
「その後は別の先生の所行っていいよ」
「別の先生って」
「さあ? 柊崎が自分に合う先生を見つけてよ」
自分に合った主治医がいたほうが少しでも歯医者行きやすいでしょ。そう言って早瀬は俺に背を向け、片付けを始めた。
Tシャツの背中が遠い。こんな迷惑な患者はお断りとでも言いたいのか。
別の先生……夜中に治療してくれと言えば駆けつけ、俺が自業自得で痛がっていれば辛そうな顔をして早く治療すればよかったと言った今日の担当医を思い返す。彼以上の主治医、か。
「……お前は嫌か」
「え?」
「俺の主治医になるの」
早瀬が振り向き、困ったように首を傾げる。
「柊崎が嫌じゃないの。俺けっこうひどいことしたよ? 騙して歯医者連れてったし、今日だって」
「……それは、俺がなかなか歯医者行かなかったせいで」
「それはそうだねぇ。俺が主治医になるなら、ちゃんと通院してくれなきゃいやだよ? 俺、痛いことされるのもするのも嫌いだから」
「な、なるべくちゃんと通う」
「なるべく?」
早瀬は呆れたように言ったが、しばらくして「あ、そうだ」と俺のほうに身を乗り出した。
「やっぱりうちの歯医者の求人、応募しなよ」
「なんだ急に」
「だって同僚になっちゃえば通う必要ないじゃん。お互い仕事終わりとかに治療できて便利だし、柊崎もそれなら逃げられないだろうし」
こいつと同僚か。
「どう? 頭いいでしょ」と口先だけはふざけながら俺の目を覗き込んでくる早瀬を見つめ返す。
「検討する」
早瀬は一瞬目を見開いて、それからすぐに顔をほころばせた。