「え、あの歯医者閉めるの」
「ああ、院長が引退を決めたんだと。後継ぎもいないからな」
「院長先生おじいちゃんだったもんねぇ……」
勤務先の歯科医院が閉院するということを聞いたのは数日前のことだった。早く次の行き先を決めねばと思っているが、さっそく早瀬にそこをつかれる。
「次の職場は決まったの」
「まだこれから探すところだ」
「へえ。じゃあうち来なよ」
「会社員に転職する気はないんでな」
そう言うと俺の向かいに座っている早瀬はなぜか楽しそうにけらけらと笑った。
笑うと口の端から時折、銀色が覗く。俺と同じで、やはり口の中が見えるのが気になるのか、彼も大口を開けて笑うことはない。俺と比べれば随分表情豊かだが。
そんな彼は今日もスーツ姿だ。
「一回見学だけでも来てみたら? 案外気に入るかもよ」
「それはない」
「人もいいよ? あ、一人怖い先輩はいるけど。今日も怒られちゃったよ」
「またお前が何かやらかしたんじゃないのか」
「違う違う。仕事が遅いって」
「それはお前が悪い」
「俺はお客様とのコミュニケーションを大事にしてるだけなの」
彼の仕事について詳細はよく分からないが、話の内容から察するに営業職なのだろうと俺は思っていた。
「コミュニケーションにも適度ってものがあるだろ」
「はいはい。どうせ柊崎も仕事優先タイプだもんね。柊崎の治療、まじ事務的。機械的。怖かったー」
「治療はちゃんとしただろ」
「ほらそういうとこ。どうすんの、柊崎が原因で歯医者怖くなりましたって人が出たら」
自覚はあった。早瀬に認めるのは癪だから同意したくないが、俺はとにかく治療中の声かけが苦手だ。もともと口下手だし、自分が今まで会った歯科医も淡々としているタイプが多くて、どう患者に声をかければいいのかイメージが湧かない。
でも手早く治療を済ませれば患者の負担も軽いだろうし、クレームが入ったこともない。もうこのスタイルでいいかと思っていたところで早瀬に指摘を受けてしまったというわけだ。