「こんにちは」
その声はつい最近聞いたような気がした。
でも振り向くと、なんとなく声から予想していたのとは違う、眼鏡をかけたいかにも厳しそうな歯医者さん。
目つきがやけに鋭くて、厳しそうを通り越して私に恨みでもあるような……って、あれ?
眼鏡の奥の切れ長の目はなんだか見覚えがあった。そうだ、声も聞き覚えがあった。「……まあその、正直に言うとちょっと調子が悪いというか……歯の……」そうそう、そんなことを言って……。
え!? 待って。ちょっと情報量が多い。気になっているお客様が歯が痛くて? でもケーキを買いに来て? でも実は歯医者さんで? これから私の歯を診る、ってこと?
それにいつもと雰囲気違いすぎよね? 一瞬わからなかった。もしかして仕事中は豹変するタイプ?
「こ、こんにちは……」
戸惑いと不安で思った以上に声が出なくて、歯医者さんは人並みに嫌いくらいの苦手度なのにものすごく怖がってる人みたいになってしまった。
「椋です。よろしくお願いします」
よ、よそよそしい……。オンオフはきっちり分けたいのかな。寂しい気持ちになりかけたところで、ふと思い当たる。
もしかして、私だって気づいてない?
そうか、いつもは髪を結んでマスクをしているから、別人に見えるのかも。気づいていたらこんな対応はしないはずだもの、きっとそうだ。
それなら私も気づいていないふりをしよう。そのほうが診られても恥ずかしくないし。
というか椋って名前なんだ。確認するように、つい「椋先生」と口に出してしまった。
「はい」
呼ばれたと勘違いしたのか、椋先生が返事をして目を細める。微笑んでいるのがわかった。
厳しそうに見えたのも眼鏡のせいだったのかもしれない。こうして見るといつもケーキを買いに来てくれる椋さんだ。
「よろしくお願いします」
ところで椋さんは歯医者さん行ったのかな……?