予約一覧を見たときからまさかとは思っていたが。これは、本当にそうかもしれない。
問診票を見ながら冷や汗が止まらなかった。「登里」、ありふれた苗字ではない。女性。年齢はわからないが、外見相応な気もする。住所もこの近所。
まずい。非常にまずい。つい先日、歯の調子が悪いと話した(しかもその後ケーキを買った)相手とどんな顔で会えばいいんだ。
同僚に担当を代わってもらおうとしたが、誰も手が空いていなかった。
観念して診療室に向かいながら、はたと思い当たった。そうだ、顔。俺は洋菓子店の類に行くときはいつも眼鏡を外しているしマスクもつけていない。これはもしかすると、気づかれずに済むのではないか?
まずは相手の反応を窺おう。
「こんにちは」
ユニットに座っていた女性がこちらを見る。
いつもは結んでいる髪をおろしているが間違いない、洋菓子店の登里さんだ。マスクを外した顔は初めて見るが、可愛……ではなく。
「こ、こんにちは……」
おずおずと会釈した登里さんは見るからに怯えていた。気づかれていない……か?
「椋です。よろしくお願いします」
登里さんに対して名乗ったことはなかったはずだ。恐らく。たぶん。7割の確率で。不安になって様子を見ていると、登里さんは「椋先生」と呟く。
「はい」
何か言いたいことがあるのだろうか。もしや、ばれたか? 焦りを顔に出すまいと笑みを浮かべてみると、登里さんの表情が和らいだ。
「よろしくお願いします」
脳内でファンファーレが鳴り響いた。
いくらなんでもこの反応、俺のことを歯の調子が悪いと話していた客だとは思っていないだろう。