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「タクシー呼んだ。そこの公園で待っとこう」

 薫に連れていかれたのは店のすぐ近くにある小さな公園。ポールライトの下にあるベンチに私を座らせると、薫はどこかへ行ってしまった。
 もしかしたら薫も一緒にいるのは嫌だったのかな。飲み会中の発言が本当に悔やまれる。薫が戻ってきたら謝らないと。
 公園の中には滑り台と鉄棒と砂場がある。昔はこういう公園で友達とよく遊んでいた。薫もいた。好きだとか恋だとか何も考えていなかった頃だ。あの頃とまではいかなくても、もう少し早く自分の気持ちに気づいていれば、今頃どうなっていたんだろう。

「はい」

 声とともに水のペットボトルが横から差し出される。いつの間にか薫が戻って来ていた。これを買いに行ってくれたのか。

「……ありがとう」
「ん」

 薫が私の左隣に腰を下ろす。避けられてはいないみたいで、歯のこともバレていないみたいでほっとした。

「そういえば柾、小さいころ鉄棒で泣いてたよな」
「はあ!? 覚えてないんだけど」
「友達と遊んだあとに残って逆上がりの練習してさ。できないーだの、手の豆つぶれたーだのよく泣いてたよ」
「うそ」
「本当です」
「なんでそんなこと覚えてるのよ」
「んー? なんでだろうな」

 薫は笑って鉄棒を見ていた。昔のことを思い出しているのかもしれない。薫の記憶の中にはどんな光景が広がっているんだろう。
 
「普段強そうにしてたやつが泣くから驚いたのかもな」
「……驚いただけ?」

 心配した、とか言ってくれたらいいのに。

「だけ。まあもう泣いてる柾なんか珍しくもなんともないけど」
「ほんっと薫って失礼」
「事実だろ。お前強そうにしてて意外とよく泣くし、よく悩むし、周りにも気遣ってるし」
 
 そこで薫は突然黙り込んだ。

「薫?」

 ベンチの後ろにある植え込みから虫の声が聞こえる。

「……なあ、柾」

 薫を見上げる。でも、薫は私のほうを見ていなかった。

「前も言ったけど、俺もう昔のこと気にしてないから」

 薫が何を言いたいのかはすぐに分かった。

「だから何か訊かれてもあんなに焦って否定しなくていいよ」
「薫、」

 ごめんなさい、そう伝える間はもらえなかった。薫は苦笑しながら話し続ける。

「だいたいお前ごまかすの下手すぎ。何人かは感づいてると思うわ」
「え、そうかな……」
「たぶんな。別にいいよ、俺は。終わった話だろ? 今となっては懐かしい思い出ってやつ」

 飲み会での話を薫が気にしていないことはよく分かった。
 嫌だ。私は終わった話になんかしたくない。思い出になんかできない。
 でも薫がもう私のことを友達としか思っていない以上、この関係を維持することが最善だ。

「薫が、そう言ってくれるなら……」
「うん。もう下手に隠すのはなしで」
「……分かった。ごめんね、今日は」
「こっちこそ体調悪いのに気遣わせたな。ほら、水飲めば」

 薫にもらったきり蓋を開けてすらいないペットボトルには水滴がたくさんついていて、手がびしょ濡れになっていた。ハンカチで拭いてから蓋を回す。
 飲もうとして不安になった。少しはぬるくなっているけど、沁みるかもしれない。薫に怪しまれないように飲めるだろうか。

「飲まないの?」
「う、うん……なんかやっぱり気持ち悪いかも……」

 口をつけずにペットボトルの蓋を締める。薫が横から私の顔を覗き込んだ。

「大丈夫か? 横になっとく?」

 薄暗いからそんなはずはないのに、歯が見えてしまうような気がして思わず顔を背けた。
 
「だ、大丈夫」

 声も上ずってしまった。
 手に力が入ってペットボトルが小さく音を立てる。不自然な間。何か言わなきゃ、と焦っているうちに薫の声が静寂を破った。

「……まさかとは思ってたんだけど」

 その声音はさっきまでと少し違っている。怖くて薫のほうを向けない。

「調子が悪いのはもしかして」

 左頬がトンと押された。

「ここ?」

 答えられないでいると、小さなため息が聞こえて顔を両手で挟まれる。そのまま顔の向きを変えられた。

「柾。見せて」

 薫が真正面から私の目を見据える。

「あ、あの、待って」
「待ってたらいつまでも口開けないだろうが。ほら、あーん」
「やめてよこんな外で」
「じゃあ帰ったらいいんだな?」

 ちょうど車の音が近づいてきて、公園の外にタクシーが停まる。

「絶対見せろよ」

 そう言って薫は手を離した。