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「……それは、五十川のおかげ」

 飴井の声。そのきっぱりとした口調に目線を上げた。

「おれが健康なのは、五十川のおかげ。だったらおれも五十川が元気になれるように歯の治療してもいいでしょ? お互い様だよ」

 それが嫌なのに。お互い様じゃなくて、俺は飴井の面倒を見る側だったはずなのに。
 すると俺のそんな気持ちを見透かしたように、「それに」と言いながら飴井は目尻を下げて微笑んだ。

「早く歯治して、またおれに美味い食事を作ってよ」
「……今日のはやっぱり不味かったのか」
「ううん、そうじゃなくて、いつものほうがおれは好きだから」
「そうかよ」

 つくづく単純なものだ。頼られて、俺のいつもの料理を好きと言われて、毒気を抜かれてしまう。
 もしかすると歯科医特有の話術に乗せられているのかもしれなかった。
 もっとも、飴井はそんなつもりはなくて心からの言葉を述べているのだろうが。

「……分かった」
「ほんとに!? 治療してくれる?」
「ああ」
「おれがやっていいんだよね」
「他の所行くって言っても聞かないだろ」
 
 俺に抱きついてきそうな勢いでこちらに身を乗り出す飴井を押し留める。
 なんでこんなに嬉しそうなんだか。

「あ、そうだ。治療終わったらステーキ食べよう、一緒に」
「別にいいけど」
「おれの奢りだよ」
「なんだよ、さっきは自分で肉買うの渋ってたのに」
「これはご褒美だから。ご褒美があったほうが頑張れるでしょ?」

 ああこれ、よく歯医者で子どもが治療終わった後に歯に良いお菓子とか小さなおもちゃとかもらうやつだ。
 実際の治療でもどんな扱いをされるのかが思いやられる。恥ずかしすぎてこの部屋のベランダから飛び降りたい気分だった。
 
「楽しみだなぁ、ステーキ。それに早く五十川とご飯食べたい」

 飴井がやっと自分の席に戻っていく。

「今日、一人で食べるのちょっと寂しいんだよね」

 テーブルの向こう側で眉を下げて笑う顔を見ながら、俺はいよいよ逃げられなくなっていくのを感じた。