「さっきの子、大丈夫そう?」
やっぱり心配で、和瑚ちゃんを診察室に案内してバックヤードにやってきた倉木さんに俺は尋ねた。
倉木さんは眉尻を下げて小さく首を横に振る。
「ちょっと心配かもです」
「なにかあったの? たしか再診の子だよね」
「それが……」
倉木さんが声のトーンを落とす。
「前回、抜髄で。かなり辛そうだったんです」
「あ、そうだったんだ……。初めて?」
「はい」
「それはショックだったかもね……痛かっただろうしね」
「前回も結構泣いてて。もう可哀想で見てられなかったですよ」
倉木さんが気の毒そうに顔を歪めた。
「あと、芳野先生も軽くお説教しちゃって」
「へえ、夏くんが?」
温厚な彼にしては珍しい。
「はい。カリエスリスクの高い子なので、こまめに検診に来るように言ってたんですけど、歯医者さん苦手なのか、なかなか不定期で。今回も半年以上空いてやっと来てくれたと思ったらもう手遅れな感じで、それで」
「あー……夏くんもやりきれなかったんだろうね」
「はい、気持ちは分かるんですけどね。和瑚ちゃんにはちょっときつかったかもなって」
「治療中も結構きつい感じだったの?」
「いえ、検診したときにちょっと厳しいこと言ってしまったくらいで、その後はいつもの芳野先生でしたよ」
と、そこへ噂をすればなんとやら、夏くんが通りかかった。たぶんこれから和瑚ちゃんの待っている診察室へ行くところなんだろう。
「あ、芳野先生ちょっと」
倉木さんが夏くんを呼び止める。
「次の、浜辺和瑚ちゃんなんですけど」
「何かあったんですか」
夏くんが何かを察したのか、少し不安げに倉木さんと俺の顔を見比べる。
「和瑚ちゃん、泣いてて。今は少し落ち着いてるみたいですけど」
「え」
不安げだった夏くんの表情がさらに曇った。
「俺のせいっすよね……」と小さく呟く。
「いや、芳野先生のせいっていうよりはやっぱり前回の治療が大変だったからだと思いますけど……」
倉木さんがフォローしたけど、彼の表情は晴れない。
「や、ちょっときついこと言ったかなって、自分でも思ってたんです。ただでさえ治療が辛かったと思うのに」
すっかり落ち込んだ様子の夏くんはなかなかそこから動こうとしなかった。
一人診察室で待っている和瑚ちゃんがだんだん心配になってくる。
「夏くん、和瑚ちゃんのことを思って厳しいことも言ったんでしょ? それは伝わってると思うよ」
「そうかな……」
「和瑚ちゃん一人で待ってるよ? 芳野先生が主治医でしょ。早く行ってあげてよ。ね」
はっと夏くんが顔を上げる。行ってきます、と彼は早足で診察室のほうへ去って行った。
「さて、俺も行ってみようかな」
「え、私が行きますよ!?」
診察室へ歩き出そうとした俺を、慌てた様子の倉木さんが引き止める。
「うーん、なんだか長くなりそうだしね。倉木さん今日は定時であがりたいって言ってたよね。だからいいよ」
「いやそんな、私の担当なのに」
「俺もう今日の診察終わったからね。和瑚ちゃんも夏くんも心配だから、俺が付いてたいの。ね、行かせて」
そう言うと、「いいんですか……?」と遠慮がちに倉木さんは俺を送り出してくれた。