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✳︎おまけ

(夏己Side)

「お疲れ様、夏くん」

 和瑚ちゃんが帰った後、スタッフルームで風見がコーヒーを淹れてくれた。
 そのままブラックで飲む俺とは対照的に、彼はためらいなく砂糖とミルクを追加する。
 羨ましいと思いながら見ていると、それに気づいたらしい風見が顔を上げた。

「ちゃんと歯磨きして帰るから」
「別に、なにも言ってないだろ」
「夏くんは本当しっかりしてるよね」

 しっかりしてるわけじゃない。怖いんだよな、情けないことに。
 虫歯になるのが怖くて、好物のアイスは時々食べるが、それ以外の甘味はなるべく控えるようにしている。
 しかも、あんな治療の後じゃとても甘いものを口にできる気分ではなかった。

「……風見、ありがと」
「ん?」
「今日、アシストついてくれてよかった」
「和瑚ちゃんは怖かったかもしれないけどね、男二人に囲まれて」
「いや、そんなことなかったと思う」

 きっと風見が冷静にリードしてくれなかったら、和瑚ちゃんの気持ちを、前向きに治療を頑張るほうに動かすことはできなかった。
 それを伝えると、風見は「なにもしてないよ」と笑った。

「夏くんが自分のこと話したのがよかったんじゃない? あれで和瑚ちゃんの表情が変わった気がしたよ」
「よく見てんな。……なんか、かなわねえよ」

 風見はとにかく優しい。ぼんやりしているように見えて人の心の機微を読むのは妙に上手い。それが頼もしくもあり、少し悔しくもあった。

「そんなことないよ。今日に関しては、俺は主治医じゃないからよかったの。たぶんそれだけ」

 スプーンでコーヒーをかき混ぜながら風見がぽつりとこぼした。

「どういうことだよ」

 風見は椅子の背もたれに寄りかかり、ぼんやりと宙を見る。

「ふみの治療したとき、俺も辛かったから」
「ああ……そっか、そうだったな」

 風見の恋人は歯医者がとても苦手だと聞く。
 その恋人の治療をするとき、俺は風見からアドバイスを求められた。早朝に連絡が来て少し驚いたものだ。

「あのときは俺も夏くんに助けてもらったからね、今日は俺がサポート役に徹しようと思って。だから周りが見れたのかも。和瑚ちゃんはふみに似てるところもあったから危なかったけど」
「危ないとか言いつつ、できるところがさすがだけど。ほんと、ありがとな。助かった」

 コーヒーを一口飲んで、風見が微笑む。

「どういたしまして。来週、元気に来てくれるといいね、和瑚ちゃん」
「元気にかはわかんないけど、来てくれると思う」
「俺も。――ところで夏くん」
「ん?」
「和瑚ちゃんの治療が一段落したら夏くんの検診もしようね」
「げ……」

 そういえば、もうそんな時期だ。
 別に気になってる歯はないが、自分が診られるのはいまだに苦手だ。

「そのあとで俺の検診もしてよ」
「どうせまた虫歯ないんだろ」
「それは分かんないよ?」

 コーヒーの匂いが満ちたスタッフルームには和やかな時間が流れていった。