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 歯の治療は苦手だ。今まで父さんや兄ちゃんにたくさん治療してもらってきたけど、ほぼ毎回泣いてしまう。
 歯医者さんになるんだろ。兄ちゃんの言葉が頭の中に響く。こんな調子でどうするんだ。頑張らないと。
「謙斗、始めようか」
「う、うん」
 倒れていく診療台の上で、震えそうになった手をぎゅっと握りしめる。兄ちゃんが探針を持ったのが視界に入った。
「麻酔効いてるか確認するよ」
 口を開けると右上の歯茎をツンツンと押される。
「痛くない?」
 俺が頷くと兄ちゃんは探針を置き、タービンを引き寄せた。
「削ってくから、お口閉じないよ」
 わかってるよ……! そう言いたかったけど、タービンの甲高い音が鳴り始めたので黙って口を開けた。兄ちゃんの指が唇に引っ掛けられて、ハンドピースが口の中に入ってくる。
「ふぅ、」
 バーの先が歯に触れると、つい息が漏れた。
「謙斗、痛くないよ」
 痛くないはずなのは俺もわかってる。だけど痛い記憶が強すぎて、音と振動だけで痛いような気がしてしまう。
 兄ちゃんは俺の口の中を覗き込むようにしながら歯を削っていく。いつもの兄ちゃんが近くにいると思えば怖くないのかもしれない。でも今は兄ちゃんのことをただの歯医者さんとしか思えなくて、俺の体はどんどん強張っていった。
「……休憩しようか」
 削り始めて少し経った頃、タービンの音が止まった。
「いいよ、お口楽にして」
 そう言われて口は閉じたけど、ライトはついたまま、診療台も倒されたままで体に入った力はうまく抜けなかった。
「麻酔足す?」
 落ち着きなくエプロンの裾を弄っていると、バーを付け替えていた兄ちゃんが俺の顔を覗き込んできた。
 痛がってるかもって思ったんだろう。俺は首を横に振った。
「大丈夫。ごめん」
「なんで謝るの」
「だって痛くもないのに、……全然、だめで」
「だめじゃないよ、謙斗。ちゃんとできてる」
 俺はきっと無意識のうちにこう言わせたんだと思う。甘えている自分が嫌になる。それでも兄ちゃんが柔らかく笑いながら言ってくれると少しだけ気が楽になった。
「続きも頑張ろうね」
 手元の作業に戻った兄ちゃんに、うん、と小さな声で答えた。