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 ありがとうございましたー、という店員の言葉に見送られコンビニの外に出る。日差しは眩しいのに空気はキリッと冷たい。入口のすぐ横、今日は誰も使っていない傘立ての近くで、リュックを背負った背中を少し丸め自分の手に息を吹きかけている友人に向かって俺は声をかけた。
「高野、おまたせ」
「あ、おかえり。チケット買えた?」
「うん。あとこれ」
 学校の休みに高野と出かけた道中、俺は年末実家に帰省するための航空券の支払いを済ませてきたところだった。ついでに買ってきた温かいお茶を高野の手に握らせる。
「わ……あったかい」
 赤くなった指先できゅっとペットボトルを握りしめ、高野が笑う。口の端から白い息がふっと漏れてすぐに消えていった。
 自分の好きなはちみつレモンに手を伸ばしかけてお茶に変えたのは正解だった。高野は甘いものを滅多に飲んだり食べたりしない。歯に悪いから控えているらしい。この前の実習で初めてペアになったときにそう聞いたのを思い出してよかった。
 あのとき、一緒だな、と嘘をついてしまった自分は全然よくなかったけど。
「ありがとう青海。お金……」
「あ、いいよ。今日は俺のおごり」
「いいの? じゃあ、遠慮なく」
 嘘をついてしまった以上、自分用に買ったのもはちみつレモンではなく無糖の紅茶。高野と同じようにそれで手を温めながら、どこか座って飲もう、と道路向かいの公園へ足を向けた。
 ブランコと鉄棒があるだけの小さな公園には誰もいなかった。端の方にあるベンチに腰掛け、それぞれペットボトルのフタを開け、口をつけた。
「……ふう。あったかい」
 相変わらず両手でペットボトルを握りしめながら高野はそう言って頬を緩ませる。そんな高野の様子を見ながら俺は口の中で温かい紅茶を転がした。……よかった、まだどこも沁みない。
「高野、今日も手冷たそうだな」
「うん、昔からそうなの。改善しなきゃなって思ってるんだけど」
「だよなー。この前の実習、びっくりしたもん。手え冷た!って」
「あ……ごめんね」
 寒さでただでさえ体を縮こまらせている高野の肩がますます窄まった気がした。その様子に手が冷たかったことに対する「ごめんね」とは別の意味が含まれているような気がした俺は慌てて先手を打つようにそれを話題に出した。
「びっくりしたといえばさ、俺の歯もびっくりしただろ? こんなに虫歯あんの? みたいな」
「えっ……そ、そんなこと」
 ないよ、白い息と一緒に消えてしまいそうな高野の声は聞こえないふりをして俺は続ける。
「いいんだって。まあ年末、実家で兄貴にでも治療してもらうからさ。年明けには綺麗になってるから」
 なに言ってるんだろうな。言いながら、笑ってしまいそうだった。
 綺麗になんてならないのに。たくさんの治療痕が残った自分の歯が大嫌いな俺が、一番よくわかってるのに。
 綺麗っていうのはそう、この前見た高野の歯みたいなのを言うんだ。
「そ……そっか。あの、痛くない? この前のところ……」
 やっぱりその話題になるのか。 たぶんさっきの「ごめんね」もこのことだろうとは思っていた。
 この前の実習。お互いの検診をするというものだったのだけど、虫歯になっている右上5番と6番の間を探針で引っかかれたときに思ったよりも痛くてつい俺が声を出してしまった。それを高野は手が悴んでいたせいで加減が利かず力が強すぎたのでは、と気にしていたようなのだ。
「全然大丈夫。この前も言ったけどあれ、高野は悪くないから」
「けど、僕も痛いのはわかってるのにあんなこと……」
 僕も痛いのはわかってる、か。高野は今の状態からは信じられないくらい、子どもの頃はたくさん虫歯があったと言っていた。それがどの程度のものかはわからない。でも、もしかしたら俺よりはずっと軽かったんじゃないか、なんて勘ぐってしまう。
「あのなー、高野。歯医者になるんだろ? あれくらい普通だって! 散々やられてきた俺が言うんだから間違いない」
「そうかな……僕も結構やられてきたと思うけど」
「いや、俺のほうがやられてるね」
 声を張り上げて、胸も張ってみると、やっと高野の表情が和らいだ。
「もう……なんでそんなに自慢げなの」
 ……こうでもしないと、耐えられないからだよ。
 自分の虫歯が思っていたより進行しているのに気づいてしまったことも、高野のレベルで「結構やられた」「痛いのはわかってる」と言われるのも。
「やっぱりね、経験値って大事だから。ま、正直に言うと誇れるものがこれしかない」
「何言ってるの。青海は優しくて、成績も良くて、いっぱい良いところあるよ」
「えっまじ? もっと言って」
 いくら良いところを言われても、コンプレックスが消えるわけじゃない。俺が自分を誇れることは絶対にない。
 でも、もしかしたら、一つだけ。この調子の良いふりをする上手さだけは誇れるのかもしれない。
 ペットボトルを持った指先はいつの間にか冷たくなっていた。