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 ただいま、という声とともに横のテーブルにトレイが置かれると、すぐにエプロンがつけられた。
「診てみようね」
 診療台が倒されていく。
「どこが痛い?」
 ライトの位置を調節しながら訊いた兄ちゃんに、右上の5番と6番の間と小さな声で答える。
「開けて」
 小さく開けた口の隙間からミラーが滑り込んでくる。金属の冷たさに思わず肩が上がった。
「力抜いて……6番の近心かな。なにか入り込んでる」
 カチャッと音がして探針が近づいてくる。
 さっき自分で触って痛かったところなのに、麻酔もしないで……
「ちょっとごめんな」
 閉じかけた口が指で引っ張られる。ぎゅっと目を瞑った直後、右上に痛みを感じた。
「はっ……ぅ……」
「あーん」
「んんぅ……」
 お腹の上で手を組んで、口を閉じたいのを我慢する。詰まったものを掻き出すように探針を何度も動かされたあと、取れた、という声がして兄ちゃんの手が離れていった。
「歯磨きしたときに食べカスを押し込んじゃったのかも。ちょっとは痛いの軽くなった?」
 言われてみれば軽くなった気もするけど、今刺激された痛みも残っていてどちらとも言えなかった。
「わかんない……」
「うーん、そっか。じゃあ早く麻酔して虫歯取っていこう」
 兄ちゃんは手際がいい。なにか音がしていたかと思うとあっという間に綿球をつまんだピンセットが口元に近づいてきた。
「開けて。先に表麻するよ」
 右上の歯茎に綿が置かれる。そのまま、兄ちゃんの手で顎をそっと包まれて口を閉じるよう促された。
 待つ間、横から麻酔を準備する音やタービンのバーをつける音が聞こえて気になったけど、なるべくそちらを見ないようにした。
「そろそろいいかな。引っ張るよ」
 口の端からミラーが入ってきてぐっと引かれる。
「痛くないよ、謙斗。大丈夫」
 毎回、麻酔ですら力が入ってしまう俺に兄ちゃんは優しく声をかけてくれる。それに安心すると同時に情けなさもあった。目を閉じて、なるべく全身の力を抜いて、鼻で大きく息をする。1回、2回と針が刺されて少しずつ薬液が入ってくるのがわかった。
「ゆーっくり深呼吸して……よし、これで最後だよ」
 兄ちゃんのそんな声がして間もなく、診療台が起こされた。