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 歯に挟まったものはなんとか取ったけど、歯ブラシと爪楊枝で刺激したそこはずきずきと痛んでいた。しばらく待ってみても痛みが軽くならない。我慢できなくなった俺はとうとう兄ちゃんが働いている歯科医院に行くことに決めた。
 そこまでは歩いて10分くらい。途中で「来るときは一本連絡して」と言われていたのを思い出したけど、連絡はせずそのまま向かった。行ってみて兄ちゃんがいなければ諦めて帰ろう。
 歯科医院に着き、裏口に回る。兄ちゃんに治療してもらうときはいつも、ここから出入りしている。裏口のドアノブを回すと果たして、鍵は開いているみたいだ。それだけ確認して俺はドアを閉めた。ここに来て勇気が出なかった。
 痛みも引いてきた気がするしやっぱり帰ろうか。だけど今日の夕食とかでまた痛くなって父さんや兄ちゃんにバレるのは嫌だ。兄ちゃんはすでに気づいてるような気もするけど……。かじかんだ手をポケットに突っ込み、裏口の近くでうろうろしていると突然ドアが開いた。
「おっと」
 ドアノブを握ったまま目を丸くしたのは、どこかで見覚えのある顔だ。誰だか思い出す前にその人のほうが嬉しそうな声をあげた。
「謙斗くん! 久しぶりだなぁ」
「……まもる、さん?」
「そうそう!  覚えててくれて嬉しいよ」
 衛さん。兄ちゃんの友達で、昔から家によく来ていて一緒に遊んでもらったこともあるけど、大学生になってから会うのは初めてだった。
「大人っぽくなったな。歯学部に行ってるんだっけ? 謙斗くんは優しい歯医者さんになりそうだよな」
「そ、そうなりたいです」
 だって俺は人にあれこれ言えるような歯じゃないから。
「さすが。結斗も優しいもんな。まあ時々説教してくるのが玉にきずだけど」
「なんか言った、衛?」
 奥から兄ちゃんが歩いてきて、俺に気づくと少し驚いたような顔をした。
「なんも言ってない。ていうか片付けしてるんじゃなかったのかよ」
「声がするから気になって。謙斗、どうしたの? さっきの所?」
「あ、うん……」
 もう逃げられなくなってしまった。小さな声で答えると、「もしかして歯痛いの?」と衛さんが心配そうに尋ねる。
 どうしよう、兄ちゃんには口の中噛んじゃったとしか言ってないのに。答えに詰まっていると、意外なことに兄ちゃんが助け舟を出してくれた。
「衛じゃないんだから」
「そういうこと言うなよ。俺は銀歯取れただけだろ」
「そこがちょっと虫歯になってたけどね」
「けど痛くはなかったんだよ」
「わかった。ま、今回は早めに言ってくれてよかったよ」
 助け舟って思ってたけど、実際兄ちゃんもそのつもりなんだろうけど、心臓が嫌な感じで音を立て始める。俺は全然早めじゃない。放置して、ごまかし続けて、やっとここに来てる。
「謙斗は朝ごはんのときに噛んじゃったんだって。な」
「そうだったのか。それもそれで痛いよな」
 兄ちゃんと衛さんの視線が俺に集中する。うん、と俯きがちに答えるしかなかった。
「薬塗ろうか、謙斗」
「うん、早く塗ってもらいな? ごめんな、痛いのに時間取って。じゃあ結斗、謙斗くん、またな」
「また」
 衛さんが帰っていく。後ろ姿を見送っていると、おいで、と兄ちゃんから中に入るよう促された。