レントゲンを撮って診療台に戻ってくると、城戸先生から手鏡を渡された。座った体勢のまま、ライトだけつけられる。
「治療が必要なのは、右上の1本だったよ。一緒に確認しよう」
開けて、と口元にミラーが近づいてくる。口を開けるとミラーが入ってきて右上に向けられた。
「見える?」
「ん……はい」
手鏡を少し動かすと、詰め物が取れた歯が映った。
右上の奥から2番目の歯。十字の詰め物が入っていた所は歯の中のほうが見えているからなのか、歯の表面より黄色っぽい。十字の先端のほうは灰色になって溶けているように見える箇所もある。城戸先生もそこを指摘した。
「灰色の部分で虫歯が広がっている。レントゲンだと……」
ミラーが抜かれ、城戸先生がパソコンを操作する。前面に備え付けられたモニターに、さっき撮ったレントゲン写真が映し出された。
「ここ」
城戸先生がペンで指したのは、一番奥の歯に近い位置だった。
「他の部分より黒くなっているのがわかる?」
「はい」
「黒い部分は虫歯だ」
そうなんだ、だいぶ大きいような……。
「ここを取って、新しい詰め物を入れれば痛みはなくなると思う」
「わかり、ました」
「何か不安なことがある?」
レントゲン写真を消し、手鏡を回収して城戸先生が尋ねる。切れ長の目がじっと私を見ているけど、怖いとは感じなかった。
「えっと……虫歯……けっこう大きいなって……」
「そうだな。でも治療はしっかり麻酔をして進めるから、安心して」
「ありがとうございます」
ところがほっとしたのも束の間、「ただ」と城戸先生が言葉を続けた。
「詰め物が取れる前から沁みたりは?」
どきりと心臓が音を立てた。これやっぱり怒られる流れじゃ……。でも嘘をついてもバレそうなので正直に話す。
「時々沁みてました。でもそんなにひどくないから気のせいかなって思ってしまって」
「沁みるときは既に虫歯が進行していることが多いんだよ。早めに歯医者に来てほしい」
「すみません……」
「怒っているわけじゃない。今後、もし同じようなことがあれば思い出してくれると嬉しい」
「はい」
頷くと、真剣な顔つきだった城戸先生が少し表情を和らげた。
「なるべく辛い思いはしてほしくないからな。治療中も、何かあれば遠慮なく教えて」
「わかりました。よろしくお願いします」
「うん。よろしく。じゃあ麻酔するから、椅子倒すよ」
診療台が倒され、ライトが口元に合わせられた。
「開けて。注射の前に塗る麻酔をするよ」
針刺しても痛くないようにな、と言いながら城戸先生はピンセットで歯茎の上に薬のついた綿を置いた。覚えのあるバナナのにおいだ。子供用なのかと思っていたけど、やってもらえてよかった。
「そろそろいいか。引っ張るよ」
綿が取られて、ミラーで頬が引っ張られた。
塗る麻酔をしてもらっても注射は緊張する。お腹の上で手を組んで目を瞑ると、「力抜いて」と城戸先生の声。それからすぐに、歯茎がじわぁっと押されるような感じがした。
「……はい、うがいどうぞ」
麻酔は痛みなく終わり、診療台が起こされた。
「気分は悪くない?」
うがいをした私に城戸先生が尋ねる。
「大丈夫です」
「しばらく待つから、その間に変だと思ったらすぐ声かけて」
そう言って先生は治療の準備を始めた。
淡々としているようで、丁寧さはすごく感じる。これなら治療も大丈夫かも。少し体の力を抜いて背もたれに寄りかかった。