そして放課後。
本町歯科医院のドアを開けると、歯医者さんの臭いに包まれた。流れている曲はオルゴールで、よくある病院という感じ。患者さんは当たり前だけど大人ばかりだった。
問診票を書き終え、待っているとすぐに名前が呼ばれた。
衛生士さんに付いて行き、診療室に入る。子供向けの飾りつけがない所は違うけど、診療台が仕切りで区切られて並んでいる様子は今まで行っていた歯医者さんとあまり変わらなかった。
「こちらへどうぞ」
案内された診療台のそばには、すでに先生が座っていた。私に気づいたのか、先生が振り返る。
「えっ……」
先生の顔を見て、思わず立ちすくんだ。
今朝、バスで隣にいた男の人だ。
「こんにちは」
「こ、こんにちは……」
「どうぞ、座って」
クールに診療台を手で示され、言われた通りにする。
こんな怖そうな人が歯医者さんだなんて。怒られたり睨まれたりしたら……と嫌な想像が膨らむ。膝掛けをかけられて、エプロンをつけられる間に心拍数はどんどん上がっていく。先生が横に来ると、びくっと肩が跳ねてしまった。
「歯科医師の城戸です。よろしく」
「そ、園村といいますっ。……あ、あのっ、朝はすみませんでした!」
城戸先生は真顔でぱちりと一つ瞬きをした。
あの人だよね……? もしかして間違えた!? 意味わかんねー患者と思われてる!?
「すみませんやっぱ今の聞かなかったことに」
「ああ、君か」
「えっ」
「思い出した。同じバスに乗っていたな」
「そそそうです! 大変失礼しました!」
先生が首を傾げて少し考える。
「鞄がぶつかったことか?」
「はい……」
「そんなに謝る必要はない。どうした、誰かにぶつかって絡まれたことでもあるのか?」
先生が眉間に皺を寄せる。怖い顔だけど、今回は私に怒っているわけではないことはわかった。
たぶん、心配してくれている。
「そういう経験はないです」
「ならそんなに怖がらなくてもいいだろ」
いや、城戸先生が怖いんですけど。
でも先生の言う通り、そんなに怖がらなくてもいいのかも。まだわかんないけど。
「さてと、今日は詰め物が取れて痛むんだったな」
城戸先生が問診票に目を落とす。
「はい」
「右上か。診てみよう。椅子倒すよ」
診療台が倒れ、眩しいライトで口元が照らされた。
「顔、少しこちらに向けられる?」
城戸先生が私の顎に手を添えてそっと右側に向ける。想像していたよりずっと優しい手つきだった。
「開けて」
ミラーが口の中に入ってくる。「少し引っ張るよ」と声をかけられ、頬の内側が押された。
「詰め物の下で虫歯になっていたみたいだな。広がっているかもしれないから、後でレントゲンを撮ろうか」
「はい……」
「全体も診ていくよ」
真上を向くように顔の位置が戻される。ミラーが口の中を動いていき、所々風をかけながらじっくり検診されたけど、虫歯だと言われた所はなかった。
「起こすよ。うがいをしたら、レントゲンを撮りに行こう」
診療台が起こされ、先生が後ろで立ち上がった気配がした。