*『好き、嫌い』の陽太視点
バーの先を軟らかくなった象牙質に押し付けては離し、少しずつ患部を取り除いていく。削っている部分が歯髄に近づいていくにつれてふみは辛そうに顔を歪めて、たぶん無意識なんだろう、だんだん口が閉じてくる。
一歩間違えば露髄してしまいそうな状況で視野はしっかり確保したくてそっとふみの唇の端を引っぱると、堪えきれなくなったようにふみは泣き出してしまった。もう随分無理をさせているのには気づいていた。これ以上続けるのはきっと負担が大きすぎる。
「ごめんね。止めようね」
ふみにそう声をかけて、俺はフットペダルから足を離した。
残りはエキスカを使えばきっと痛みも少なく、健康な歯質を削りすぎることもなく進められるはずだ。恐らくそう時間はかからないから、ここは早く終わらせてあげたほうがいいんじゃないか。
「最後、これで取り残した所を綺麗にするね」
そう言いながらエキスカを見せると、ふみは怯えたように目を見開いた。
一度休憩したほうがいいかな……。若干の不安を抱きつつ、ふみの顎に触れると、ふみはぼろぼろ泣きながら俺を見上げてきた。
「……っ、う、やだ、ようた……」
あと少しだけだよ、と説明すればふみはちゃんと口を開けてくれそうな気もする。下手に休憩してその後続けるのが余計に怖くなってしまったらきっとふみも辛いだろう。できればこのまま続けたい。でも。
ようた、と呼ばれた声が耳に残っている。たぶんふみが助けを求めたのは歯科医の俺じゃない。