*このあとめちゃくちゃn
「罵ってほしい」
自宅のリビング。俺はカーペットの上に正座し、ソファに足を組んで腰掛けながら仕事関連のものらしい広報誌を読んでいる恋人を見上げてそう頼んだ。恋人が徐にこちらに顔を向け、二回ほど瞬きをする。
「…………はい?」
恋人が組んでいた足を解いた。グッピーを飼っている水槽のエアーポンプの音がやけに大きく聞こえる。かと思ったら空気清浄機が俺の言葉に反応したように、ごう、と音を立て始めた。
「君にそんな趣味があるなんて聞いてないんだけれど」
ソファの上で手のひら一つ分くらい俺から遠い位置に座り直した彼は、戸惑いをありありと表情に浮かべていた。
「あ、悪い。そういうことじゃないんだ」
「じゃあ、どういうこと?」
「その、今度の検診で歯磨きの出来が悪かったら罵ってほしい。……変な意味じゃないぞ? お前に罵られると思ったら俺はちゃんと忘れずに歯を磨くんじゃないかと思って」
なるほど、と頷いてくれることを期待したが恋人は戸惑いの表情を深めたような気がする。なにか間違ったのだろうか、俺は。
「……いや、じゅうぶん変な提案だと思うけれども」
「そうか? ほら、厳しい教師の授業だと真面目に課題提出するだろ。そういうアレだ」
「教師が誰でも課題は全て真面目に提出するものだよ」
まったく君の性格がよく表れているよ、と付け足された。罵られるのはまだ早いんだが……。
「まあ、君の頼みなら考えてみるよ。とりあえず歯磨いてきたら?」
と、そんなやりとりをしたのが一週間前。俺は歯医者の診察台の上にいる。
口元にライトが当てられ、「開けてね」と言いながらミラーを手にした恋人が唇に触れる。あんな頼み事をした効果はあった。ここ一週間の歯磨きは朝昼晩丁寧に行ったし、気になる歯はない。いつもは何かしら苦言を呈される検診だが、今日こそは恋人も褒めてくれるんじゃないだろうか。