末っ子の弱点 - 6/9

「衛!?」
 
 診察台の上で膝を抱えて座っていた尚がばっと顔をあげた。

「お兄ちゃん、尚が心配で。来ちゃった」

 冗談ぽくそう言ってみると、尚の頬に赤みがさす。

「こ、来ないでよ……!」

 その言葉は無視して診察台に近づくと、尚の目元にはまだ涙の痕が残っている。

「頑張ってたな」

 そっと目元の涙を拭うと、尚はますます顔を赤くして俯いた。

 診察室を見渡すと、ちょうど良さそうな椅子が目に入り、俺はそれを引いてきて、診察台の脇、邪魔にならなそうな場所を選んで置き、腰掛ける。
 尚がまた慌てたように声をあげた。

「付き添いしないでって!」
「だって尚の泣き声聞きながら待ってる俺の身にもなれよ。そばにいたいんだよ」
「もう泣かないから……」

 ぎゅっと膝を抱え直して、尚は自分に言い聞かせるように繰り返す。

「だいじょうぶだから。ひとりで」

 その声はか細く震えていて、結斗に頼まれたからとかは関係なく、手を握ってやりたくなってしまった。でも今そうしても振り払われるのが目に見えているのでやめておく。

「尚、お前ひとりで頑張りすぎるところあるから。その歯も、誰にも言えずに我慢してたんだろ? 今日くらい甘えてもいいんじゃないの」
「でも」
「ていうか、甘えてほしい。俺が」
「本当に衛にいてほしいわけじゃ……」
「俺がいたいの。どうしてもだめ?」
「……どうしてもってこともないけど」
「じゃあここにいる」

 尚はやっぱり不満そうに俺を見たけど、それ以上何も反論しなかった。

「お兄ちゃんも来てくれたし、もう少し頑張ろうか。ね」

 結斗の言葉に、尚は黙って頷いた。

 診察台が倒され、タービンとミラーを手に取る結斗を尚が泣きそうな表情をして目で追う。
 そして縋るように俺を見た。あんなに俺が付き添うのを嫌がってたのに、言ってたことと行動が真逆じゃないか、と思いつつも俺は尚の手を握った。

「手繋いどこ、尚」

 尚は繋いだ手にちらっと視線を向けたけれど、抵抗はしなかった。

「はい、大きくあーん」

 尚が口を開けると、結斗はその顔をしっかり固定し、タービンを口の中に入れる。
 左下の虫歯にタービンの先が触れると、繋いだ手にきゅっと力が入って、尚が眉間に皺を寄せた。

「んぅ」
「力抜いてみ? ちょっとは痛いのよくなるよ」

 辛そうに声を漏らす尚の手をゆっくりさする。溜まった涙にライトの光が反射してゆらゆらと揺れるものの、自分で言った通り、泣かないように頑張っているようだった。

「ごめんなー、ちょっと深い所削るよ」
「あ! ひぁ、あぁっ」

 びくん、と尚の体が跳ねて足がずりずりと診察台を擦る。
 繋いでいないほうの手が口元に伸ばされかけたのでそっと握ってお腹の上に戻すと、抵抗するようにその手が動いた。

「尚、危ないから動かないよ」
「やぁあ……」

 助けを求めるようにこちらに目線を向けた尚と一瞬目が合う。でも結斗に止めてくれと頼むわけにもいかず、「痛いな、頑張ろうな」と言うことくらいしかできない。
 尚はとうとう堪えきれなくなったように泣き出してしまった。

「ごめんな……」
「泣いていいからね、お口開けるのだけ頑張ろうね」

 結斗は閉じようとする尚の唇を引っぱりながら、タービンを動かす。
 俺も逃げそうになる尚の体をなるべく優しく押さえながら、早く終わってくれと願い続けた。