「お待たせ。こっちへどうぞ」
しばらくして、結斗が診察室のほうから尚を呼びに出てきた。
「ほら、行ってこい」
手を繋いだまま動こうとしない尚を励ますように力強く言ってみる。
それでも動こうとしない尚を見かねて、俺は尚の手を引いて立ち上がった。
「診察室まで一緒に行こう、尚」
俺に引っ張られて立ち上がった尚は、俺が歩き出すとゆっくりその後ろをついて来た。
結斗に案内されて一番手前の診察室に入る。
診察台まで手を引いて行ってやると、尚はなんとかそこに座ってくれた。
結斗が尚に目線を合わせて話しかける。
「さっきも少しだけ挨拶したけど、改めて、青海結斗っていいます。今日はよろしくね」
「……よろしくお願いします」
尚は小さな声で言ってちょこんと頭を下げた。
「歯医者さん苦手かな?」
「はい……」
「ま、好きな人はいないよね。お兄ちゃんも嫌いだしね」
にやっと笑いながら結斗が俺を見る。
「俺のことはいいだろ」
「そうね、お兄ちゃんはまた今度ってことで。……で、かなり痛みが強いって聞いたけど、今も痛むかな?」
「は、はい……」
「どこの歯が痛むか、分かる?」
「左下の、奥のほう、です」
「なるほど。椅子倒さないから、ちょっとこのまま先生に見せられる?」
尚は怖々、といった様子で結斗に向かって小さく口を開けた。
「ありがとうね。見やすいように電気点けるね」
結斗は尚の顎にそっと手を添えて上を向かせると、診察台のライトを点けて小さく開かれた口元に合わせた。
「もう少しお口開けられる? ……そう」
結斗の横から俺も尚の口の中を覗こうとすると、尚が弱々しい目で俺のほうを睨む。
俺に見られるのは嫌らしい。
「あー、ここか。左下の一番奥かな? だいぶ頑張ったねえ」
尚の視線には気づかないふりをして俺も左下の奥歯に目をやると、大きな黒い穴が開いているのが分かった。痛そう、と思わず顔を顰めてしまう。
「はい、お口閉じてね」
ライトは点いたまま、尚の口元から離される。
うがいしていいよ、と結斗は言ったけれど、沁みるのが気になるのか尚は首を横に振った。
「えっとね、ここの歯、だいぶ大きな虫歯さんになっちゃってるのね。だから、悪いところを取って、痛くないようにして帰ろうか、ね」
尚が唇を噛んで潤んだ目で結斗を見つめる。
「怖いかな? でも、このままでも辛いでしょ? ずっと痛いまま過ごすのと、今ちょっと頑張って痛みを取るの、どっちがいい?」
「……痛いの、取りたいです」
「そうだよね。大丈夫、あとは先生に任せて? 大きなお口開けててくれたら、俺が綺麗に虫歯さん取っちゃうからね」
「尚、治療してもらおう?」
少しの間の後に、尚は黙って頷いた。