ミラーが口の中から出て行って、椅子を起こされる。
診ている途中もあちこち虫歯を指摘されて、私はもうすっかり涙目になっていた。
そのあとで撮ったレントゲン写真が出来て、モニターをしばらく見ていた千秋さんが私に向き直る。
「香椎先生」
「はい……」
「検診はまた今度じっくりやりますけど」
「はい……」
「はっきり言って虫歯多いですよ」
恥ずかしくて、千秋さんから目線を逸らして俯く。
「それに左上、僕は詰め物が取れたのって昨日今日のことかと思ってましたけど、ずいぶん前ですよね?」
「……ごめんなさい……」
いつも穏やかだと思っていた千秋さんが怒っているらしいということにやっと気づく。
「どうしてこんなになるまで放置するんですか」
「忙しかったから……あと、怖くて」
「歯医者さん、嫌いですか」
その通りだったけど、歯医者さんを目の前にして肯定できず、私は何も言えなかった。
千秋さんが小さくため息をつく。
「気持ちは分かりますけど、歯医者さん嫌いならなおさら、早く治療しないと辛いのは香椎先生ですよ」
「はい……分かってます……」
遠回しに、今日の治療が辛いものだって言われているのも、全部分かっていた。
痛いかもって思ったときに来ればよかった。
恐怖と、後悔と、いろんな気持ちが混じって涙が溢れる。
千秋さんが私にタオルを差し出した。
「なっちゃったものは仕方ないですから。頑張って治しましょうね」
タオルで顔を覆ったまま、私はうなずく。
「じゃあ今日はさっそく、その痛いところを治療しましょう。頑張れますよね、香椎先生?」
有無を言わせない尋ね方。
私はまたうなずくしかなかった。