午後からは常備している鎮痛剤を飲んでなんとかしのいだ。ひなちゃんが時々心配そうに見てくるのもなんとかごまかした。
夕方、ひなちゃんは迎えに来たお母さんと一緒に帰っていって、他の子どもたちも大半が帰っていった頃、私はやっと歯医者の予約を取ろうと携帯を取り出した。
鎮痛剤も効いているし、今度の休みに行けるところを探そう、そう思って。
近いところでいいかと検索をかけていると、見覚えのある名前が飛び込んでくる。千秋さんの勤務しているクリニックだ。
手帳から名刺を取り出し、思い切って電話をかけてみた。
2コールほどで電話が繋がる。受付の女性が出るイメージでいたら、電話口から聞こえてきたのは若い男性の声だった。
「すみません、予約を取りたいんですけれど。来週の火曜日、空いてる時間はありますか?」
「火曜日ですね。……あれ、この声、もしかして香椎先生ですか」
「えっ……あ、千秋さんですか?」
「はい、千秋です」
電話の声だと一瞬分からなかったけれど、言われてみれば聞き慣れた柔らかな声だ。
「香椎先生、どうされました?」
「えっと……銀歯が、取れちゃって……」
口にしてみるとなかなか恥ずかしい。私の声は尻すぼみに小さくなっていった。
「そうでしたか、大変でしたね。痛みはありませんか?」
「痛い……です。今は痛み止めを飲んでるからいいんですけど」
「来週の火曜日でいいんですか、予約。痛いのに」
「それまで休みないので……」
心の準備もしたいし、と内心付け加える。
鎮痛剤のおかげで痛みをあまり感じなくなっていくにつれて、だんだん歯医者に行きたくない気持ちがまた大きくなっていた。
千秋さんは「そうですか」と言って、一瞬何かを考えるような間の後、私に尋ねた。
「香椎先生、今日はもうお仕事終わりですか?」
「え? はい、もうすぐ終わりますけど……」
言ってから、しまった、と思った。
千秋さんの質問の意図に今さら気づく。
「よかったら今から来ませんか」
「え、で、でも、他の予約とか入ってるんじゃ……あ、それにもうすぐ診療時間終わりですよね!」
電話の向こうで、ふふっと笑う声が聞こえた。
「香椎先生、よっぽど歯医者さんに来たくないみたいですね」
「ちが……」
「実は今日、最後の患者さんが来れなくなって暇してたんです。香椎先生が来てくれたら嬉しいなぁ」
「そんなこと言われても」
「何かこのあと用事でもあるんですか?」
「ない、ですけど……」
「じゃあ決まりですね。詰め物取れたままじゃ何かと不便ですよ、ご飯も食べにくいだろうし。ね?」
これ以上断る理由も思いつかなくて、私は仕事を終えるとしぶしぶ千秋さんの働くクリニックへと向かった。