その日の夕方、ひなちゃんのお迎えに現れたのは千秋さんだった。
「ただいま、ひなちゃん。保育園楽しかった?」
「うん! きょうはね、すみれせんせいがえほんよんでくれたの」
「そうなんだ、よかったねえ。……香椎先生、ありがとうございます」
ひなちゃんと手を繋ぎながら千秋さんが私に穏やかな笑みを向ける。
「ふふ。ひなちゃん今日もとってもいい子でしたよ」
先生が褒めてくれたねえ、と嬉しそうに笑い合う千秋さんとひなちゃんを微笑ましく思って見ていると、ひなちゃんが千秋さんの手を引いた。
「しゅうくん、すみれせんせい、はがいたいんだって」
「なっ……ひなちゃん!」
「んー? そうなの?」
千秋さんが少し困惑した表情でひなちゃんと私の顔を見比べる。
「そうなんですか、先生」
「えっ……えっと……その……」
千秋さんは歯切れの悪い返事をする私をしばらく見ていたけれど、そのまま何も言わずにシャツの胸ポケットから何かを取り出した。
細くて綺麗な指で差し出されたのは1枚の名刺。
「僕でよければ診ますよ。いつでも連絡してください」
「あ、ありがとうございます……」
名刺を受け取ると、千秋さんは私ににっこり笑いかけ、すぐにひなちゃんに目線を落とした。
「ほらひなちゃん、先生にさようならは?」
「すみれせんせい、さようなら! またあしたね」
「はい、またあした」
「それじゃあ失礼します」と言って、手を繋いで歩いていく千秋さんとひなちゃんを私は見送った。