歯医者さんの彼女 - 6/8

「あずさ」

 どれくらい時間が経ったんだろう。
 背中で扉が開く音がして、心配そうな颯の声が聞こえた。

「遅いから、心配になって」

 ここで泣き顔を見せたら、もっと心配されてしまう。
 私は溜まっていた涙を拭って振り向いた。

「ごめんね、ちょっと立ちくらみしちゃった。大丈夫」

 下手な言い訳をして、何事もなかったかのように笑ってみせる。
 大丈夫。ごまかすんだ、このまま。
 歯医者さんが嫌いなんて言えるわけなかった。

「大丈夫って、すごく顔色悪いけど」
「そう? でも全然、なんともないよ」
「ほんとに? ほら、立てるか?」

 颯が屈んで私に手を差し出す。

「あ……」

 ぞくりと背筋が寒くなった。
 男の人らしい、指の関節が目立つ大きな手。
 歯医者さんの手なんだ。

「だ、大丈夫。自分で立てるから」

 その手から目を逸らして、私は立ち上がる。

「ごめんね、席戻ろう」

 颯の視線には気づかないふりをして、私は彼の前を横切った。